本当の事かどうかは知らない。叔父様が日記に書いているだけだから。
ただ、シンジのお母さんという人は古い血筋の家の人で、代々伝わる秘密があったらしい。
曰く。
この第3新東京市の地下には古い神様が眠っていて、その神様を守り、神様が目覚めたときにその肉体を器として差し出すことになっているのが叔母様の一族。引き換えに繁栄を約束されている。器は言わば巫女だから女性がなるとされていて、必ず娘を設ける事が直系には義務づけられている。
でも、シンジのお母さん、ユイさんというのだけれど、確かに裕福ではあったけれど、家族は皆いなくなってしまって、最後の一人だったらしい。叔父様はその話を聞いて、それを信じて結婚した。そして女の子を望んだけれど生まれたのはシンジ、男の子だった。それでもその時は、二人目を生めばいいと思っていたのだけれど、ユイ叔母様が死んでしまったからもう直系の娘がいない。叔母様はそれをとても嘆いて死んでいった。だから叔父様は「男の子」であるシンジを許せなかったのかもしれない。女の子だったら、叔母様は嘆かずに死ねたのだから。それでもシンジが女の子をもうければよいのだと思っていたところに、シンジの死だ。だから叔父様はシンジを死なせるわけにはいかなかった。頑なに死を拒み、葬式も出さずにいた。
でも、シンジが可哀相だ。弔ってももらえないなんて。シンジが悪いわけではないのに。
「これ、どう思う?」
そこにはシンジの体が保存されていて、叔父様の望むような良い状態だと書かれていた。あとは魂を呼び戻すだけだと。
「シンジの死を認められなかった叔父様の妄想じゃないの?」
「でも、もしこれが本当だったら? あの部屋の変な紙はその方法を考えてたんじゃないのかな? そう、確かおじさんは生命工学とかを専門に教えてる先生だっただろう? ずいぶん前に学校は辞めてしまったらしいけれど、死者を生き返らせる事を考えても不思議じゃないと思う」
「でもそんなの死者への冒涜じゃない。大事な人なら安らかに眠って欲しいって思わない?!」
「だから、おじさんが大事なのはおばさんだけなんだろう? シンジ君じゃないんだ」
「でも父親なのに」
「・・・あの人が、シンジ君をシンジ君として見てなかったのを、僕は知ってる」
「妙に断言するわね。何か、知ってるの?」
「・・・アスカがまだいた頃に、僕は一度だけこっそりとあの家に入った事がある。シンジ君の忘れ物を届けに。その時にね、・・・
・・・シンジ君を、組み敷いてるおじさんを見た」
「それって」
「その時、おじさんはシンジ君の事見てなかった。「ユイ」って呼んでた。シンジ君は身代わりだったんだよ。すべてにおいて」
「そんな事、信じられない。そんなの、幼児虐待じゃない」
「そうだね。でも多分、シンジ君は覚えてないんだ。どうしてかまではわからないけど。次の日、けろっとしてた。シンジ君、僕の顔見たはずなのに、全然気づかなかったんだ」
「そんな、そんなことって」
「その時は、わからなかった。何もね。でもそのうちわかるだろう? そういう事って。
シンジ君に告白されたときもね、なんとなく、だからかなって思ったりしたんだ。おじさんのせいかなって。だから気にならなかった。どちらかといえば、多分僕は何とかあのおじさんからシンジ君を遠ざけたかったんだろうと思う。いろいろと連れ出して一緒に遊んだよ。家に帰したくなくてうちに泊まるように言ったり。シンジ君は辛かっただろうけど。おじさんの事も言おうかとおもったりもした。でも、シンジ君はお父さんが好きだったから、何も言えなかった」
「カヲル」
「僕は、やっぱりシンジ君が好きだったんだろうね。今更気づいても遅いけど」
日記を読み進めるうちに、叔父様がただの妄想で書いているのではないように思えてきた。シンジのカラダを保存して、そこに魂を呼び込むという、簡単に言ってしまえば馬鹿みたいな話だけれど、その方法や場所など、かなり具体的に書かれているのだ。途中からは日記というよりは、研究ノートのようになってきていた。
途中に時々「冬月先生」という人が出てきた。調べてみたら、叔父様が師事していた大学教授で、第2東京にいることがわかった。
私たちはノートを持って冬月教授を尋ねた。
「碇が、死者を復活させようといていると、そう言うんだね」
「はい」
「信じられない話だねえ。確かに、碇にはいろいろと質問を受けたが」
「このノートをみて、どう思われますか?」
冬月教授は時間を掛けてじっくりとノートを読んで、おもむろに言った。
「確かに、この方法で死体を腐敗させずによい状態で、まあ"生きているような"状態で保存する事は可能だろうと思う。だが、魂や命となるとまだ科学では存在すら証明できていない。ましてやどこに行ったのかわからないような魂をどうやって呼び戻すのかね。私は無理だと思うがね」
「先生は、叔父様の奥さん、ユイさんの事を御存知ですか?」
「うん、知ってるよ。彼女も私の下にいたことがる。頭のいい聡明な女性だったね」
「彼女の一族が不思議な伝承を持っている事は?」
「うん? あの古代の神様がどうのというやつかね、あれは君、ただの言い伝えだろう」
「でも、一族のものの魂は神の元へ帰るとされてるんです。第3新東京市の地下にいるという神様の所へ。ゲンドウ氏がそれを信じているなら、そこからシンジ君の魂を呼び戻そうをしてもおかしくないでしょう? 現に彼はそれができる場所を知っている」
「ここに書かれている“泉”かね。だがこれはどこだ?」
「それは調べてみればわかると思います。ゲンドウ氏がこの数年、よく行く場所を当れば」
「・・・・・・・・・ユイ君のものだった別荘がある。碇からそっちへ返事をくれといわれたこともある」
「それはどこです?」
「○○山の山奥にある、辺ぴな場所にしては立派な建物だが」
「そこかもしれません」
「君達はこのばかげた話を信じているのか」
「嘘ならいいです。僕らはシンジ君のカラダがどこにあるのかを知りたいんです。ゲンドウ氏がその死体に何かしているのなら、取り戻して埋葬します。それだけです。」
「地図をあげよう。行ってみるがいい。私は、信じられないがね」
「ありがとうございます」
***
あれから6年だ。やっとこの日が来た。天上の月と地下の月の和が重なる今日。死者の国の扉が開く。ユイのときは失敗した。カラダの保存ができなかった。だが今度は違う。カラダは完璧だ。何も変らない。すぐに処置に掛かったおかげだ。ユイのときの失敗があったからな。そうユイのおかげだ。やはり君はそれ望んでいるのだろう?
このカラダをこの泉に浸す。空の器に魂が戻る。器に合った魂が。そしてこの子は目覚める。
ユイ。君の望みはちゃんと叶えよう。君の血を残し、伝えよう。地下に眠る神と共に。
***
くらい・・・・・・だれもいない・・・・・・さみしいよ・・・・・・カヲル君・・・・・・
よばれてる? ひきよせられているようだ。あれはなに?
ひかり。水面。揺れる水。
ああ、僕がいる。
***
旨くいったはずだ。シンジは泉から出てきた。意識はまだもどらないが、僅かに動く。カラダはまだ少し冷たいが、辛うじて心臓は動き始めている。冷凍睡眠から覚めるような物だと思うが。
「と・・・・・・さ・・・・・・・・・・」
「シンジ?!」
やった!成功だ。シンジは目覚めた。復活した。
「とぅ・・・さん・・・・・・ぼく・・・・・・カヲル・・・君・・・・・・に、会い・・・たい・・・・・・・・・カヲル君・・・・・・・・・カヲル君に・・・・・・会いた・・・・・・い、よ・・・・・・・・・」
「だめだ。お前はこの碇の家を継いでユイの血を残さなければならんのだ。依代の血を持つ娘を残さなければならんのだ。その為にお前を蘇らせたのだ。あんな男に会わせるわけにはいかん」
「や・・・だ・・・・・・・・・カヲル、君、カヲ、ル・・・・・・君・・・・・・・・・・会い・・・た・・・い・・・・・・・・・」
何を言っているんだ。ユイの血を残す事がお前の存在理由だと言うのに。
まあ、焦らないでいい。シンジの調子も完全に戻ったわけじゃない。もう少し様子を見て。
シンジ?!
何をするんだ!い、痛い。ぐ、や、止めろ、やめ・・・!!
***
とうさん・・・?