3次会も終わって、いろんな子達が送ると言ってくれたけれど、私はカヲルと帰ると言った。皆、私たちが昔仲がよかった事を知っているから、結局そのまま二人で帰った。

「・・・カヲル、さっきの話信じたの?」

長い沈黙の後に聞く。

「さっきの話って?」
「シンジの、幽霊」
「・・・本当なら、会ってみたい」
「幽霊に?」
「幽霊でも」
「なんで?」

そう聞いたらカヲルは立ち止まって、じっと私を見た。しばらく何か迷っていたみたいだったけれどゆっくりと口を開いた。

「誰にも言った事はないんだけれど。まあ、アスカだからいいかな。
実は、シンジ君に告白されたことがあるんだ。中学のとき。友達じゃなく好きだって。でも僕のほうにはそんな感情なかったから、友達でいようって言って。その後も僕は普通にはしてたんだけど、シンジ君のほうは辛かったみたい。僕は、それがわかってたけど、気づかないフリをしていた」
「嫌じゃなかったの? 気持ち悪いとか」
「そんな風には思わなかったな。ただびっくりして。シンジくんがそんな風に思ってたって全然気づかなかったから。でもそれで今までみたいに仲良くできないのも嫌だったんだ。でも、これってちょっとひどいだろう? だからシンジ君が死んでしまってから、ずっと気になってしまって」
「それって、あんたも気があったんじゃないの? 本当は」
「うん、そうかもしれない。でも、その時はそんなふうには思わなくて。少しだけ、後悔してる。気づいてたら、シンジ君、もう少し幸せだったのかなって」
「仕方ないわよ。死んでしまったのなら。もう何にもないし、できないんだから」
「そうだね」
「・・・じゃあ、もしかして彼女も、いないんだ」
「何人かつきあったりはしたよ。でもなんか駄目なんだ。だからなおさら本当はシンジくんが好きだったのかなって思って」

そういって誤魔化すように笑った。

「今から行ってみようか? シンジが出たってところ」
「本気かい?」
「本気よ」

私の家とは逆の方向へ、歩き出す。

「アスカはそういうの平気なのかい?」
「ゲイのこと? あんまり平気じゃないわよ。気持ち悪いって思うもの。でもそういう差別をする自分が嫌だから、平気でいようとしてるの。それに、シンジがそうって言われてもなんかピンとこないのよ。だって、私がいた頃ちゃんと女の子好きだったでしょ? 信じられなくってさ。
でも、もし目の前であんたとシンジがいちゃいちゃしてたら殴り倒すかもね」
「アスカらしいね」

「もうすぐだよ、鈴原君の家。その角を曲がって・・・・」

カヲルがそう言って止まる。カヲルの指の先に誰かがいた。黒いズボンに白いシャツ。いかにも学校指定のという格好で歩いている少年。その丸い頭に私は懐かしさを覚える。

「シンジ・・・」

呟きよりも小さく口にしたその名前が聞こえたのか、少年は立ち止まった。

"まさかね、違うわよね・・・
ああん、もう! こっち向くならさっさと振り返ってよ!"

なかなか動かない少年に声を掛けそうになった時。
ぐるん!
と直立のままでその少年はこちらを向いた。足が動いたような感じはしなかった。とても不自然に、駒でも廻したように向きを変える。

「ヒッ!」

口に手を当てて、上げそうになった悲鳴を堪える。薄暗くて顔ははっきりしなかったけれど、輪郭は私の知ってるシンジに似ているように思えた。

そのまましばらく間があって、その少年はゆっくりと右手を上げる。肘を曲げる事無く、右腕は真っ直ぐ伸ばしたまま。そして、ロボットのようにがくんと1歩を踏みだした。

「きゃあああああ!!」

思わず叫んでしゃがみこむ。
震えていたらカヲルの声がした。

「大丈夫、消えたよ」

そっと顔を上げてみると、そこには誰もいなかった。見上げるとカヲルはとても落ち着いた顔をしていた。

「シンジ、だったの・・・?」
「うん」

確信を持って肯いた。

カヲルが、シンジに家に行く、というので私も一緒に行った。昨日見たものがなんなのか気になって仕方なかった。本当に幽霊なのかもしれないけれど、妙に存在感もあったのだ。ただ動きは絶対に人間のものとは思えなくて、やっぱり幽霊なのかと思う。
でもなんで今更なんだろう? シンジの幽霊なんて話、今までまったく聞かなかったらしいのに。
それで叔父様だったら何か心当たりがあるかもしれないとカヲルが言ったのだった。

チャイムを鳴らす。誰も出てこない。留守かと思って家を見たら、2階の窓に影が見えた。こっちを見ているような気がする。視線を感じる。

「ねえ、カヲル。あれ、叔父様?」
「・・・違うように思うけど、おじさんより随分小さくないかな?」
「そうよね」

そう言っていたら影は消えた。そしてすぐに玄関が開いた。

「何の用かね」
「あ、渚です、おじさん。あの、シンジくんの事で聞きたい事があって」
「話す事など何もない。帰ってくれ」

そういって取り付くしまもなくドアは閉ざされた。
ただ二人とも、あの影がとても気になっていた。

***

何だか疲れていたから、早めにベッドに入った。そんな時は夜中に目が覚めたりする事は確かにあるけど。

ぼんやりと多分目を開けた。
誰かいる。
僕を覗き込んでるみたいだけど、顔は見えない。
でも、見覚えがある。すごく懐かしい。
僕のよく知ってる、あのはにかむような笑顔だと、確信する。見えてはいないのに。

「もうすぐだよ」

僕は顔を向けてそれが誰か確かめようと目を凝らす。でも気配がだんだん薄くなっていったから、僕は追うように体を起こした。

部屋には、人のいたような気配はまるきりなかった。

***

数日後、カヲルからTELがあった。

「昨日僕の枕元にシンジくんが来たんだ。夢かもしれないけど、もうすぐだよって言ってた。やっぱり、何かあるんじゃないかな」
「もう一回、シンジの家に行ってみる?」
「うん」

チャイムを押し手もドアを叩いても誰も出てこなかった。何の反応もない。こっそり裏のほうへ廻ったら昔遊んだ庭があった。窓に鍵が掛かってないのがあったから、こっそりと中に入った。
シンジの部屋へまず行った。あまり物のない、殺風景な部屋。昔とあまり変ってない。ただ物だけが子供のものではなくなっていた。

「ベッド、使ったあとみたいだ」

言われるとヒトガタのへこみがある。でも昨日今日といった感じでもなかった。

「シンジ、本当は生きててここで生活してるとか」
「だったら何か連絡なりあってもいいだろう?」
「そうだけど」

次に叔父様の部屋へ行った。

奇妙な部屋だった。何か計算式のような、何かの図面のような、実験でも行うような事の書かれた紙が溢れかえっていた。その紙に書かれている事は、私たちでは理解できなかった。他に何か無いかと探していたら、日記が見つかった。いけないとは思ったけれどそれを何冊か持っていくことにした。

他の部屋も探ってみたけれど特に変ったものはなかった。ただこの数日叔父様が帰っていない事だけは台所などからわかった。

日記を持ってカヲルの家へいく。この家も久しぶりだ。叔母様は相変わらず綺麗で優しい。懐かしいわねといってお茶とお菓子を用意してくれた。
カヲルの部屋で日記を読む。最初の頃は普通の日記に思えた。シンジが死んだ日から数日は何も書かれていなかった。日記を書く事すらできなかったのだろう。

「叔父様、なんだかんだ言ってシンジの事大事だったのね」

そう言ったらカヲルは

「どうかな?」

とどこか冷たく言った。

「アスカは覚えてない? おじさんは本当は女の子が欲しかったんだって、シンジくんが男だから構ってくれないんだって言ってたの。それが理由かどうかは知らないけど、僕はやっぱりおじさんはあんまりシンジくんの事可愛がってなかったと思うよ」
「でも、これは」
「何か違う理由があるのかもしれない」
「違う理由って」
「わからないけど」

でもそのカヲルの予想は当っていた。理由も日記を読んでわかった。

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