ネルフ大深度地下施設。リリスの保存されている場所。ゲンドウがレイと共に補完計画を発動させようとしていた。
「アダムはすでに私と共にある。ユイと再び会うには、これしかない。アダムとリリス。禁じられた融合だが……」
レイの左腕が上腕部で千切れて落ちる。
「時間がない。ATフィールドがお前の形を保てなくなる。始めるぞ、レイ。ATフィールドを、心の壁を解き放て。欠けた心の補完。不要な体を捨て、全ての魂を、今一つに。
そして、ユイの元へ行こう」
目を閉じるレイの胸へゲンドウと手が伸びる。その柔らかい胸に触れたかと思うとレイの中へめり込む。メリメリと音を立ててレイの体の中を動いていくゲンドウの手。下腹部へと動くその手に声を上げるレイ。
「う、ふっ……」

第26話
まごころを、君に

「うわあああああああああああああああああああああああああ!!!!」

シンジの叫びを聞くレイ。
「碇君?!」

「うわあああああああああああああああああああああああああ!!!!」
シンジの叫びに反応して初号機の装甲が飛ぶ。羽が形状を変化させる。2枚から十字のような4枚の翼へと。その羽には複雑な模様が見えている。
そして月面では初号機の変化に応じるようにロンギヌスの槍が抜けて飛ぶ。

「大気圏外より高速接近中の物体あり」
「何?」
戦自のレーダーに捉えられたものはすでに光となって肉眼で見る事ができた。

「いかん、ロンギヌスの槍か!」
ネルフのモニターにもそれは映っていた。

初号機の喉元で止まる槍。そして嵐はおさまり空が晴れる。中ではシンジがうつむいている。

ゼーレがどこかからその様子を見ている。

「ついに我らの願いが始まる」
「ロンギヌスの槍も、オリジナルがその手に還った」
「いささか数が足りぬが、やむを得まい」
「エヴァシリーズを本来の姿に! 我ら人類に福音をもたらす、真の姿に! 等しき死と祈りを持って、人々を真の姿に!」
「それは魂の安らぎでもある。では、儀式を始めよう」

ゼーレの言葉に反応するように、弐号機だったモノを捨てると槍で初号機の両手を刺すエヴァシリーズ。十字の羽を咥えると上昇を始める。地に落ちた弐号機がその様を見ている。

「エヴァ初号機。拘引されて行きます」
発令所ではそれぞれ定位置に就いた日向と青葉が初号機の様子を報告している。
「高度、1万5千。さらに、上昇中」
「ゼーレめ。初号機を依しろとするつもりか」
冬月がゴチる。

目的の高さへ到達したのか、初号機を解放するエヴァシリーズ。シンジの両手には初号機と同様の痕がついている。その痛みに耐えるシンジ。

再びゼーレ

「エヴァ初号機に聖痕が刻まれた」
「今こそ中心の樹の復活を」
「我らが下僕、エヴァシリーズは」
「みなこの時ために」

モノリスから人の姿をとるキール。

エヴァシリーズが白く光り出す。初号機を中心に一定の場所につく。
「エヴァシリーズ、S2機関を解放!」
「次元測定器が反転。マイナスを示しています! 観測不能、数値化できません!」
モニタには定まらない計測値や式が流れて行く。
「アンチATフィールドか……」
冬月だけがわかっている。

エヴァシリーズが初号機と共に文様を描く。セフィロトの樹を。

パソコンの画面に2つのデータを流している伊吹がつぶやく。
「全ての事象が15年前と酷似してる。これってやっぱり、サードインパクトの前兆なの?」

じわじわと何かに押しつぶされるような空気が広がる。重力が増大しているようだ。
「S2機関、臨界! このままではこの辺りの重力が維持できません!」
「この作戦は、失敗だったな……」
つぶやく戦自を巻き込んで爆発が起こる。
「直撃です! 地表堆積層、融解!」
「第2波が本部周辺を掘削中! 外郭部が露呈して行きます!」
ジオフロント周辺で大地が削られ大きな岩が吹き飛ばされて行く。
「まだ物理的な衝撃波だ! アブソーバーを最大にすれば耐えられる!」
振動に耐えながら冬月が指示を出す。
爆発の雲の中、セフィロトが光る。衝撃波が奇妙に広がり地表に巨大な目を描く。雲間に雷光が走る。

「悠久の時を示す」
「赤き土の禊を持って」
「まずはジオフロントを」
「真の姿に」

大地がジオフロントを残して綺麗に削り取られていた。黒く丸いジオフロントが浮いている。
「人類の、生命の源たる、リリスの卵。黒き月。
今更、その殻の中へと還る事は望まん。だがそれも、リリス次第か……」
衝撃の収まりゆく発令所で冬月が言う。

「事が始まったようだ。さあ、レイ。私をユイの所へ導いてくれ」
地下ではゲンドウが自らの補完計画を進めている。ゲンドウの言葉にレイが食い込んでいる彼の手を締め付ける。
「まさか?!」
驚きの表情のゲンドウを見上げ、静かにレイが告げる。
「私は、あなたの人形じゃない」
ゲンドウの腕がレイに食われて千切れる。後ろへよたつき腕を押さえるゲンドウ。
「何故だ?」
「私はあなたじゃ、ないもの」
千切れていたレイの左腕が奇妙に盛り上がり、膨れて腕を再生していく。以前と変わらぬ綺麗な腕が生える。
「レイ……」
ゲンドウの声に反応する事無く、静かな顔できびすを返すと体を浮かせる。
「頼む! 待ってくれ! レイ!!」
痛みに耐えながら情けない声を上げるゲンドウを振り向きもせずレイは言う。
「ダメ。碇君が呼んでる」
「レイっ!」
レイはリリスの前まで上昇すると止まる。表情はない。
「ただいま」

『おかえりなさい』

言葉ではないリリスの言葉。そしてリリスの胸が割れるとそこに吸い込まれていくレイ。
ドクンッ
拍動と共にリリスの足に生えていた無数の下半身が吸収されて消える。
ドクンッドクンッ
動き出すリリス。手を留めていた釘をすり抜けて貼り付けの十字から離れる。ゆっくりとLCLへと落ちていく。黄色い液体が跳ね上がり雨のようにゲンドウを濡らす。そのまま前のめりに倒れ込み、手で体を支えるリリス。そして仮面が白い肉の糸を引きながら落ちる。
ぶよぶよした肉人形から、ゆっくりと人の形へと変化して行く。
「レイ……」

「ターミナルドグマより、正体不明の高エネルギー体が、急速接近中!」
「ATフィールドを確認! 分析パターン、青!」
「まさか! 使徒?!」
「いや、違う。ヒト。人間です!」
言葉が終わらないうちに白い巨大な人型をしたものが現れる。うつむき加減で顔は見えない。壁も床もすり抜けて上昇して行く。伊吹の座り込む床からその白い手が現われ、伊吹の体をすり抜けて行く。
「ひっ! ああっ! いやああ! いやああああああああ!!」
自分の中を通って行ったそれの感触に気も狂わんばかりに叫ぶ伊吹。

高空でシンジは何もできないでいた。自分の意志ではなく爆発を起こしてしまった。利用されているだけ。その手に絡めたミサトのペンダントを見て彼はその両手に顔を伏せる。
「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう………」

雲下から顔がせりあがってくる。上体を起こしてくる巨大な何か。白い裸身の女。反動で一度前のめりになるとゆっくりと顔を上げる。
「綾波……」
シンジを見るその顔には暗い眼窩があるだけで、瞳らしい所には赤い光だけがある。しかしそれはシンジのよく知っている顔だった。
手が初号機へと伸ばされる。
「レイ……」
瞳が一度閉じ、気合と共に瞳が出来る。間違いなく、綾波レイの顔だった。
「うわああああああああああああああああああああっ!
わああああああああああああああああああああっ!
ああああああああああああああああああああああっ!」
恐怖するシンジ。

「エヴァンゲリオン初号機パイロットの、欠けた自我をもって人々の補完を!」
「三度の報いの時を、今」

エヴァシリーズの羽に目の模様が生じると、巨大な綾波=リリスの後方で図形を描き光る。

「エヴァシリーズの、ATフィールドが共鳴!」
「さらに増幅して行きます!」
「……レイと同化を始めたか」
現状をわかっているのは冬月だけだった。

壊れているエヴァシリーズが喘ぐ。もこもこと膨れ、花が開くようにたくさんのレイの顔になる。
「ひっ!」
引きつるような表情で声を上げるシンジ。恐怖のあまり口元は笑って見える。
次々とレイの顔へと変わって行くエヴァシリーズ。壊れた部分はそのままで。眼球や脳の見えるものはそのままの状態のレイの顔になる。多くのレイ達は笑っている。そしてシンジを見る。奇妙なモノ達の視線がシンジに集中する。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
シンジの絶叫に反応したように初号機の胸部が割れ、赤い球体、コアが現れる。
「わああああああああああああああああ! わあああああああああああああああああ!」
恐怖に駆られて操縦管を動かすが、ガチャガチャと音を立てるだけだ。

「心理グラフ、シグナルダウン!」
「デストルドが、形成されて行きます!」
シンジの様子はモニタされている。恐怖にさらされて正気を保てなくなりつつある様子が手に取るように分かる。
「これ以上はパイロットの自我が持たないか」

「もうイヤだ、もうイヤだ、もう、もうイヤだ。イヤだ、もう…………」
ミサトのペンダントを握り締め、小さくなって繰り返す。逃げ出したいのに逃げ場はない。その時、
「もう、いいのかい?」
はっと顔を上げるシンジ。この声。カヲル。
綾波がいた場所にカヲルがいる。巨大な白いカヲルの顔が。
「ここにいたの? カヲル君……」
すでに正常な判断力がないのだろう。ありえない事実を素直に受け入れているシンジ。涙さえ浮かべている。巨大がカヲルがシンジへと両手を伸ばす。その後ろには綾波が腰から下を共有する形で倒れ掛かっている。
シンジはそのカヲルの動きに恍惚とした表情で目を閉じる。救いだった。

「ソレノイドグラフ、反転! 自我境界が弱体化していきます!」
「ATフィールド、パターンレッドへ!」

初号機の羽が消え、コアに向かって行くロンギヌスの槍。コアが割れて槍を銜え込む。コアを中心に初号機が変化する。不思議な何かへ。

変化して行く初号機を見ながら冬月はつぶやく。
「使徒の持つ生命の実と、人の持つ知恵の実。その両方を手に入れたエヴァ初号機は、神に等しい存在となった。そして今や命の大河たる生命の木へと還元している」

初号機は十字の形をしながら天に根を、地に枝を伸ばしたような、木と言うのであればそう見えるものになっている。

「これからサードインパクトの、無から人々を救う箱船となるか、人を滅ぼす悪魔となるのか。未来は、碇の息子に委ねられたな」
伊吹が青葉の袖口をひいて確認するように言う。
「私たち、正しいわよね?」
「わかるもんか!」

生命の木の中心、槍が生えている辺りに目が生まれる。いくつもいくつも。カヲルが再びレイへと変化する。そしてシンジには、母ユイの声が聞こえていた。
「今のレイはあなた自身の心、あなたの願い、そのままなのよ。
何を願うの?」
シンジの意識が水に揺らぎ、溶けて行く……


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