水滴が落ちる。
ステージライト。
公園。
軋むぶらんこの音。
遠くに綺麗な2峰の山。沈む夕日。シンメトリーに配置された空間。童謡が聞こえる。
幼いシンジ。
「そうだ。チェロを始めた時と同じだ。ここに来たら、何かあると思ってた……」
「シンジくんもやりなよ」
「がんばってかんせいさせようよ、おしろ」
女の子の声がする。
「……うん!」
砂の山に手を置くシンジ。硬い音をさせる砂山。一生懸命に砂をかき集めるシンジの左右にいるのは人形の女の子。瞬きもしない、空ろな目でそこにいる。
「あ! ママだ! かえらなきゃ。じゃあねえ。
ママァ!」
何故か隔たれた向こう側の舞台で女の人がパイプイスに座っている。そして女の子達は、簡単にシンジの元を去って行った。
「ママ、あのね、あのね……」
去って行く母娘。シンジには渡れない溝の向こう側。しばらくそこに立ちすくむシンジ。カラスが鳴く。身を翻すと再び砂場にしゃがむ。造りかけの城を作り始める。グスグスと鼻をならし、しゃくりあげながら砂をかき集めるシンジ。
ぶらんこが揺れる。
太陽が沈んで行き、周囲は暗さを増す。
街灯が点く。
城が完成する。ピラミッドのような不思議な砂山。
しばらくそれを眺めていたシンジは、それに蹴りつける。泣きながら何度も蹴る。壊す。何度も何度も。
ぶらんこが止まる。
崩れたお城を眺めると、再び砂をかき集め始めるシンジ。ぐすぐすと泣きながら。公園に取り残された子供のシンジ。
「ああもう! あんた見てると、イライラすんのよ!!」
目を剥いて恐ろしい表情でアスカが言う。
「自分みたいで?」シーツの上に寝ているシンジ。
「ママ!」幼いアスカ
「…マ、マ……」寝言のアスカ
「ママ」シンジ。
「結局、シンジ君の母親にはなれなかったわね…」これはミサト。
金属バットの音。
安アパートの一室。テレビから高校野球の様子が流れる。
「んねぇ、しよ?」ミサトの甘えた声。
扇風機が回る。
「またか? 今日は学校で友達と会うんじゃなかったけ?」答えているのは加持。
「ん? ああ、リツコね。いいわよ、まだ時間あるし」
「もう一週間だぞ。ここでゴロゴロし始めて」
「だんだんね、コツがつかめてきたのよ。だぁからぁ、ねぇ?」
キスの音。持ち上げられるミサトの足。
それをミサトのペンダントを手に見ているシンジ。嫌悪に顔が歪む。
「……たぶんねぇ、自分がここにいる事を確認する為に、こういう事するの」ミサト。
「バッカみたい! ただ寂しい大人が慰めあってるだけじゃないの!」アスカ。
「体だけでも、必要とされているものね」リツコ。
「自分が求められる感じがして、嬉しいのよ」ミサト。
「イージーに自分にも価値があるんだって、思えるものね、それって」アスカ。
「これが、こんなことしてるのがミサトさん?」シンジが問う。
「そうよぉ。これも私。お互いに溶け合う心が映し出す、シンジ君の知らない私。本当の事は結構痛みを伴うものよ。それに耐えなきゃね」
「あーあ。私も大人になったら、ミサトみたいな事、するのかなぁ」アスカ。
ミサトが見た加持。
「ねえ、キスしようか」アスカ。
「ダメ!」ミサト
「それとも怖い?」アスカ
「子供のするもんじゃないわ」ミサト
「じゃ、いくわよ……」迫るアスカ。
「……何にもわかってないくせに、私の側にこないで」アスカ
「わかってるよ」自信なさげなシンジ。
「わかってないわよ、バカ!」シンジの足を蹴るアスカ
「あんた私のことわかってるつもりなの? 救ってやれると思ってんの? それこそ傲慢な思い上がりよ! わかるはずないわ!」鋭い目、唇をなめる舌。胸元。足。
「……わかるはずないよ。アスカ何にも言わないもの」少しずつ不安げな顔のシンジが重なる。
「何も言わない、何も話さないくせにわかってくれなんて、無理だよ!」
「碇君は、わかろうとしたの?」電車の中にレイ。
「わかろうとした!」シンジ。
「バーカ。知ってんのよぉ。あんたが私をオカズにしてること。いつもみたくやってみなさいよ。ここで見ててあげるから」シンジの横に片足を上げているアスカ。
「……あんたが、全部私のものにならないんなら、私、何もいらない」
「だったら僕に優しくしてよ」シンジ
「優しくしてるわよ」3
「嘘だ! 笑った顔で誤魔化してるだけだ! 曖昧なままにしておきたいだけなんだ!」
笑う3人のイメージがシンジの周りを漂う。
「本当の事はみんなを傷つけるから。それはトテモトテモ辛いから」レイの声。
「曖昧なものは、僕を追いつめるだけなのに……」
「その場しのぎね」
「このままじゃ怖いんだ。いつまた僕がいらなくなるかもしれないんだ。ザワザワするんだ。落ち着かないんだ。声を聞かせてよ! 僕の相手をしてよ! 僕にかまってよ!」
叫ぶシンジ。それを離れた所から見ている3人。ゆっくりと振り向くシンジ。
ミサトの部屋。アスカがテーブルに座っている。肘を突いてうつむいている。シンジがアスカに寄る。
「何か役に立ちたいんだ。ずっと一緒にいたいんだ」アスカの傍らに立つ。
「じゃあ、何もしないで。もう側にこないで。あんた、私を傷つけるだけだもの」
見もしないで答えるアスカ。食い下がるようにシンジが言う。
「アスカ、助けてよ。ねえ。アスカじゃなきゃだめなんだ!」
「ウッソね」
冷たくシンジを見るアスカ。はっとするシンジ。後ずさるシンジにアスカはゆっくりと立ち上がり追う。
「あんた、誰でもいいんでしょ! ミサトもファーストも怖いから! お父さんもお母さんも怖いから! 私に逃げてるだけじゃないの!」
逃げながらもシンジは訴える。
「ねえ、助けてよ」
「それが一番楽で傷つかないもの!」
「ねえ、僕を助けてよ!」
「ホントに他人を好きになった事、ないのよ!」
シンジを突き飛ばすアスカ。
「自分しかここにいないのよ! その自分も好きだなんて感じた事、ないのよ!」
コーヒーメーカーを巻き込んで倒れるシンジ。零れたコーヒーに触れ、湯気が上がる。
「……哀れね……」
蔑むような瞳。シンジはゆっくりと手をついて起きる。
「……助けてよ」
うつむいたまま立ち上がる。
「ねえ、誰か僕を、お願いだから僕を助けて
助けてよ」
よろけて椅子に手をかける。
「助けてよ。僕を助けて、よ!」
テーブルをひっくり返す。
「独りにしないで!
僕を見捨てないで!
僕を殺さないで!」
椅子を振り回し、投げつける。足元で跳ねるがアスカは微動だにしない。
肩で息をするシンジ。冷ややかに見るアスカ。
「……いや」
空気が止まる。
シンジの手がアスカの首へと伸びる。締め上げるシンジ。抵抗しないアスカ。アスカの足が浮く。
場面転換
アスカの首を絞めるシンジ。
幼いレイの首を絞めるナオコ。
狂気に取り付かれたシンジの顔。
子供の描いた絵。鬼。籠の中の人。刃物の刺さった人から吹き出る血。釣り針をくわえて瓶に入っている魚の首。道端で内臓を出して死んでいる犬。丸くなっている猫。
タイトルのフラッシュバック。
「誰もわかってくれないんだ」
「何もわかってなかったのね」レイ
「嫌な事が何もない、揺らぎのない世界だと思ってたのに」
「他人も自分と同じだと、独りで思い込んでいたのね」
記憶が溢れる。
「裏切ったな! 僕の気持ちを裏切ったんだ!!」
「初めから自分の勘違い。勝手な思い込みに過ぎないのに」
「みんな僕をいらないんだ。だからみんな死んじゃえ」
「では、その手は何のためにあるの?」
「僕がいてもいなくても誰も同じなんだ。何も変わらない。だからみんな死んじゃえ」
「では、その心は、何のためにあるの?」
「むしろいない方がいいんだ。だから僕も死んじゃえ」
「では、何故ここにいるの?」
「……ここにいてもいいの?」
(無言)
「いやあああああああああああああああああああああああ!!!」
「パイロットの反応が、限りなく0に近づいて行きます!」
「エヴァシリーズ、及びジオフロント、E層を通過。なおも上昇中!」
オペレータ達は仕事を続ける。マギのコンピューターボイスが響く。
『現在、高度、22、万キロ。F層に、突入します』
「エヴァシリーズ、健在!」
「リリスよりの、アンチATフィールド、さらに拡大! 物質化されます!」
地表に白色が広がる。盛り上がり、人の形を造る。背中から起き上がるレイ。ジオフロントを通り抜けて上半身が生じる。巨大な、巨大なリリス。‘卵’であるジオフロントを愛しそうに両手に持つ。
「アンチATフィールド、臨界点を突破!」
「だめです! このままでは、個体生命の形が維持できません!」
伊吹はクッションを抱えて座り込んでいる。
リリスの背に羽が生える。6枚の昆虫のよう羽が伸び、広がる。
「ガフの部屋が開く。世界の、始まりと終局の扉が、ついに開いてしまうか」
モニターに映る大きく歪んだレイの顔を見ながら冬月が言う。
リリスの手のひらに切れ目が走る。ジオフロントから赤い光がいくつも生まれてその手に引かれて行く。
多くの死体がLCLに変化している。その側に立つレイ。全ての死体に独りずつレイがいる。
「世界が悲しみに満ち満ちていく
空しさが人々を包み込んで行く
孤独が人の心を埋めて行くのね……」
多くのレイ達のつぶやき。
日向の前にレイがいた。誘うように笑う。その姿がミサトへと変わる。顔を寄せて、両手を頬に当てる。そのまま抱き着く。戸惑うように手を回そうとする日向。弾けてLCLになる。
青葉は迫ってくる多くのレイから逃げるようにコンソールの下に逃げて慄いている。情けない声を上げ逃れようとするその肩に手を置くレイ。弾けてLCLになる。
「碇。お前もユイ君に会えたのか?」
嬉しそうに見上げる冬月の前でレイがユイの姿に変わる。その頬に手を伸ばすユイ。弾ける冬月。
「ATフィールドが、みんなのATフィールドが消えて行く。これが答えなの? 私の求めていた……」
パソコンのモニターを眺めながら伊吹がつぶやく。震えるその手の上から誰かの手がキーを叩く。リツコだった。
「先輩!」
その姿に喜びを隠せない伊吹。抱きしめてくるリツコに戸惑いながらも、その背中に手を回す。
「先輩、先輩、先輩、あっ」
言葉の途中で弾ける伊吹。手首が飛ぶ。
モニターには‘I need you’の文字。
ゼーレのモノリスも一つづつ消えていく。光を受けながらキールがつぶやく。
「始まりと終わりは同じ所にある。よい、すべてはこれでよい……」
そしてその体もLCLとなって崩れる。赤い光が一つ宙へ漂う。キールの体はロボットの様に機械化されていた。
ゲンドウは床に倒れていた。千切れた右腕を押さえているが痛みを感じてはいないようだ。
「この時を、ただひたすら待ちつづけていた。
ようやく会えたな、ユイ」
足元にはユイが立っている。
「……俺が側にいると、シンジを傷つけるだけだ。だから、何もしないほうがいい……」
「シンジが怖かったのね」
「自分が人から愛されるとは信じられない。私にそんな資格はない」
「ただ逃げてるだけなのに」
頭上にいつのまにかカヲル。
「自分が傷つく前に、世界を拒絶している」
「人の間にある、形も無く、目にも見えないものが……」
「怖くて、心を閉じるしかなかったのね」
ユイの言葉をレイが受ける。
「その報いがこの有り様か? すまなかったな、シンジ」
自嘲したような薄笑いを浮かべるゲンドウ。初号機がその体を掴み、大きな口を開けると頭から食らいつく。
残された下半身が床に立っている。飛んでいた眼鏡を白い手が拾う。包帯だらけの2人目のレイ。その両側に幼いレイと、3人目のレイ。3人のレイが佇む。
エヴァシリーズが、各々の槍を自らのコアに突き立てて行く。苦痛とも、悶絶とも取れる声を上げて深々と槍を刺すレイの顔をしたエヴァシリーズ。
水滴が落ちる。
地平線の向こうから、赤と緑の光が広がる。緑の十字架が乱立し、赤い光が弾けて踊る。世界中が緑の十字架に覆われ、赤い光が渦を巻いてジオフロントへと集まって行く。そしてリリスの手へと吸い込まれて行く。
エヴァシリーズが両手を広げ、十字架のようにリリスの側を漂う。リリスは恍惚とした表情で光を吸収し続けている。その額が割れ小さな目玉が生まれる。そこへ生命の木である初号機が突き刺さり、沈んで行く。
水の中へ急速に沈んでいくように、遠ざかる光。
はっとするシンジ。無数の人が泳いでいる。笑っている。
「綾波、レイ」
卵を中心に円を描いて泳ぐ、魚の群れのような無数のレイ。
以前見た水槽の中のレイ。それが自分の姿に揺れる。
叩かれる音。否定のイメージと言葉が回る…………
嫌い!バッカみたい。あんたのことなんか、好きになるハズないじゃないの。 さよなら。お願いですから、もう電話してこないでください。 しつっこいわね!!よりを戻すつもりは更々ないの。 ごめんなさい。今更やり直せるわけ、なクラクション。 警報機の音。いでしょ!ひょっとしてその気になってた?身の程、考えなさいよ。 だいっきらい!側に寄らないで! その、やっぱり、友達以上に思えないの。あんたなんか、生まれてこなきゃ、よかったのよ。 バイバイ。もう、さっさといなくなっちゃ救急車のサイレン。 鐘の音。えばぁ?あんたさえ、いなけりゃいいのに。誰、この子?知らない子ね。 親の顔見たいわね。あんたなんて、いてもいなくても同じじゃない。 はっきり言って迷惑なの。余計なお世話なんです。これ以上付きまとわないでください。 もう工事の騒音。車のクラクション。だめなの、別れましょう。 勘違いしないで!だぁれが、あなたなんかと!もう、あっち行ってて!私の人生に何の関係もないわ。 あなた、いらないもの。正直、苦手というより、一番嫌いなタイプなのよ、あなたって。 別にあなたじゃなくても、誰でもよかったのよ。ただ寂しかっただけなの。 かわりなんて、いくらでもいるわ。
……意気地なし……
水の中のシンジ。揺れるぶらんこ。ミサトの顔。
「そんなに辛かったら、もう止めてもいいのよ」
レイ。
「そんなにイヤだったら、もう逃げ出してもいいの」
ぶらんこが揺れる。
ミサトの声に‘女’のイメージが重なる。
「楽になりたいんでしょう?
安らぎを得たいんでしょう?
私と一つになりたいんでしょう?
心も体も一つに重ねたいんでしょう?」
無防備なミサトやレイの姿。絡み合うような体と腕。
アスカの声がする。
「でも、あなたとだけは、絶対に死んでもイヤ」
目を剥いて拒否を示す女。
誰もいないホール。
違う世界。
綺麗に並ぶがらんとした座席。
水に揺れる光。
鉄塔。
揺れるぶらんこ。
街の風景。
走る列車。
窓からの景色。
朝の街。
道を埋める人々。
「ねえ」シンジ
「なぁに?」
「夢って、何かな?」
「夢ぇ?!」アスカ
「そ、夢」レイ
歩く人々。
どこかのホールにいる観客達。2重に重なって行く。
“気持ち、いいの?”
「わからない。現実が、よくわからないんだ」
街に佇む3人の女性。人々が忙しそうに通り過ぎて行く。
「他人の現実と自分の真実との溝が、正確に把握できないのね」
レイの声がする。
「幸せがどこにあるのか、わからないんだ」
「夢の中にしか、幸せを見出せないのね」
「だからこれは現実じゃない。誰もいない世界だ」
「そう、夢」
どこかで見覚えのある人たちの後ろ姿がある。でもそれは本当の彼らではない。
「だから、ここには僕がいない」
「都合のいい作り事で、現実の復讐をしていたのね」
「いけないのか?!」
「虚構に逃げて、真実を誤魔化していたのね」
「僕独りの夢を見ちゃ、いけないのか?!」
「それは夢じゃない。ただの現実の埋め合わせよ」
観客で埋まったホール。人々がそれぞれに動いている。
そして、無人のホールへ。
「じゃあ、僕の夢はどこ?」
「それは、現実の続き」
「僕の、現実はどこ?」
「それは、夢の終わりよ」
リリスの首に亀裂が走り、血が、赤い液体が吹き出して行く。長い長い線を描いて伸びるリリスの血。遥か月まで届き月面を染める。ゆっくりと後ろへ倒れて行くリリス。
LCLに揺れる月が見える。瞬くシンジ。レイの顔が重なる。
「綾波、
ここは?」
「ここは、LCLの海。生命の源の海の中。ATフィールドを失った、自分の形を失った世界」
レイの体はシンジと同化し溶け合っている。髪が柔らかく揺れて水の中にいる事を思わせる。月と地球に挟まれたような、不思議な空間。
「どこまでが自分で、どこからが他人なのかわからない、曖昧な世界。どこまでも自分で、どこにも自分がいなくなってる、脆弱な世界」
「僕は死んだの?」
「いいえ、全てが一つになっているだけ。これがあなたの望んだ世界、そのままよ」
シンジの手からミサトのペンダントが離れ、レイとの間を漂う。それを眺めながらシンジが言う。
「でも、これは違う。違うと思う」
「他人の存在を今一度望めば、再び心の壁が、全ての人々を引き離すわ。また、他人の恐怖が始まるのよ……」
「……いいんだ……」
そう言ってレイの手を引き離すと、その手を握る。
「ありがとう」
握り返すレイ。
青い海の中にいるイメージ。レイの膝枕で横になっているシンジ。水に揺れるミサトのペンダントを見ている。それを見下ろすレイの表情は優しい。
「あそこでは、嫌な事しかなかった気がする。だからきっと、逃げ出してもよかったんだ。でも、逃げた所にもよい事はなかった。だって、僕がいないもの。誰もいないのと、同じだもの」
「再びATフィールドが、君や他人を傷付けてもいいのかい?」
カヲルが立っている。
「構わない」
青空の中に立つシンジ。
「でも、僕の心の中にいる君たちは何?」
シンジと距離をとって向かい合うレイとカヲル。
「希望なのよ。人は、互いに分かり合えるかもしれない、という事の」
「好きだと言う、言葉と共にね」
「……だけどそれは見せ掛けなんだ。自分勝手な思い込みなんだ。祈りみたいなものなんだ。ずっと続くはずないんだ。いつかは、裏切られるんだ。僕を、見捨てるんだ……」
人々が浮かび消え、森が現れ、道路になり、その上を人々が歩いて行く。人込みに立つ3人。
「でも、僕はもう一度会いたいと思った。その時の気持ちは、本当だと思うから」
ネルフのみんなとのスナップ写真。
倒れて行くリリスの背から羽が抜けて消えて行く。その赤い瞳を破って初号機が現れる。咆哮を上げると光の翼を開く。巨大な、地球をも飲み込むような羽。ジオフロントに赤い線が経緯度線のように走って行く。血が流れて滴り落ちる。リリスの腹を赤く、染めて行く。
ジオフロントが砕けて赤い光となって広がる。地表を走り、覆っていく。
「現実は知らない所に、夢は現実の中に」
「そして真実は心の中にある」
「自分の心が人の形を創り出しているからね」
リリスの首が千切れて行く。右腕も上腕から切れて行く。ゆっくりと筋を引きながら落下して行くリリスの首と腕。倒れて行く体と頭が周囲の赤い水を跳ね上げる。
「そして、新たなイメージが、その人の心も形も変えていくわ。イメージが、想像する力が自分達の未来を、時の流れを創り出しているもの」
「ただ人は、自分自身の意志で動かなければ、何も変わらない」
「だから、見失った自分は、自分の力で取り戻すのよ。たとえ、自分の言葉を失っても。他人の言葉に取り込まれても」
初号機が口からロンギヌスの槍を吐き出す。それを広げ伸ばす。槍は形を変え、光を放つ。光に触れてエヴァシリーズに刺さっていた槍たちが膨らんで弾けていく。オレンジの不思議なもの、リリスに生えていた人の下半身を持つものになり、膨らんで弾け飛んで行く。その勢いで初号機から離れて行くエヴァシリーズ。
「自らの心で自分自身をイメージできれば、誰もが人の形に戻れるわ」
石へと変化し、復活した重力に引かれ落下して行くエヴァシリーズ。入れ替わるように地表の緑の十字が空へと昇って行く。ユイの声がする。
「心配ないわよ。全ての生命には復元しようとする力がある。生きて行こうとする心がある。生きて行こうとさえ思えば、どこだって天国になるわ。だって、生きているんですもの。幸せになるチャンスはどこにでもあるわ」
初号機も光をなくし石化する。そんな初号機を見つめるレイ。両手を広げ、槍を捧げるように漂う初号機、巨大な十字架の様に見えるその周囲には緑の十字架が浮かぶ。
「太陽と、月と、地球がある限り、大丈夫」
水滴が落ちる。
シンジの頬から手が離れて行く。ユイの手だ。
「もういいのね?」
水の中。沈んで行くユイ。浮かんで行くシンジ。
「幸せがどこにあるのか、まだわからない。だけどここにいて、生まれてきてどうだったのかは、これからも考えつづける。だけど、それも当たり前の事に何度も気づくだけなんだ。自分が自分でいるために」
闇へと沈んで行くユイ。水面へと向かうシンジ。その向こうには地球。ミサトのペンダントが首にある。
水上に顔を出すシンジの目の前には、割れて崩れて行くリリスの顔。
「でも、母さんは、お母さんはどうするの?」
12年前。白い日差しから逃れて木陰にいるユイと冬月。ユイの胸には幼いシンジがいる。
「人が、神に似せてエヴァを造る。これが真の目的かね」
「はい。人はこの星でしか生きられません。でも、エヴァは無限に生きていられます。その中に宿る、人の心と共に」
地球を離れ、太陽からも離れ、虚空を漂う初号機。その胸には青い炎が揺らめいている。
「たとえ50億年たって、この地球も、月も、太陽すら無くしても残りますわ。たった独りでも生きて行けたら。とても寂しいけど、生きて行けるなら」
「人の生きた証は、永遠に残るか」
「さよなら、母さん」
THE END OF EVANGELION
ONE MORE FINAL
I need you
夜。リリスの手や頭が地表にそびえている。爆風で折れた木や電柱が見える。その一本にミサトのペンダントの十字が打ち付けられている。
月が浮かぶ。星が綺麗だ。リリスの流した血が虹のように空を横切っている。
赤い波が白い浜辺に打ち寄せて、波の砕ける音しか聞こえない。静かな空間。
その浜辺に、シンジとアスカが横たわっている。シンジは制服のまま。アスカはプラグスーツに包帯を巻いている。右手と左目。
二人とも目を開けてはいるけれども、空を見たまま、互いを見ようともしない。手を少し伸ばせば触れられるのに、離れたまま。
ぱしゃんと水のはねる音。シンジは月から視線を動かす。海の上に、レイが立っていた。ネルフに来たとき見た幻影のように、制服を着たレイ。
無言のまま、消えるレイ。初めからいなかったように波が揺れている。シンジは起き上がるとその海を眺める。そして、アスカへと視線を向ける。
アスカに馬乗りになってその首を絞めるシンジ。抵抗しないアスカ。見えていないように、視線すら動かさない。力を入れるシンジ。
ぴくりと右手を動かすアスカ。シンジの頬に手を当てる。確認するように、優しく、慰めるように。リツコがカスパーにしたように、ミサトがシンジにしたように。頬に触れる。目を見開き手を止めるシンジ。アスカの手がゆっくり離れて地に落ちる。
シンジの口から鳴咽が漏れる。首を絞めていた手を緩めて泣く。涙がぱたぱたとアスカの顔に落ちる。静かに声を殺して泣くシンジ。
不意にアスカの目がシンジを見る。
「……きもちわるい……」
終劇