赤く変色したLCLにぼろぼろに崩れた人の体が漂っている。リツコによって破壊された地下のダミーシステムの部屋だ。
そこにレイはいた。光を反射して白い彼女は全裸だ。
中身をぶちまけて死んでいる自分と同じものであるダミーを、無表情で、いやむしろ蔑むように見ている。
「レイ」
呼ぶ声。ゆっくりと振り向く先にゲンドウが立っている。
「やはりここにいたか」
近づいてくるゲンドウに向き直り対峙する。
「約束の時だ。さあ、行こう」

生者のいない廊下に乾いた銃声が響く。弾痕と血痕。重なっているネルフ職員の死体。

『第2層は完全に制圧、送れ』
『第二発令所マギオリジナルはいまだ確保できず。左翼下層フロアにて交戦中』
『フィフスマルボルジェは直ちに熱滅却処置へ入れ』

戦自の無線が飛び交う。

『エヴァパイロットは発見次第射殺。非戦闘員への無条件発砲も許可する』
『柳原隊、新庄隊、速やかに下層へ突入』

階段下に蹲るシンジの頭上で銃弾が弾ける。
竦むシンジ。
駆け寄ってくる3人の戦闘員。
「サード発見。これより排除する」
一人がシンジに銃を突き付ける。
「悪く思うな、坊主」
引き金を引こうとする瞬間、男の体は銃声と共に横へ飛んでいた。
続いて銃弾が残りの2人を狙って来る。
ミサトだ。
乱射しながら走り来る。一人が銃弾に倒れ、もう一人に蹴りを食らわすとそのまま壁に押し付ける。
顎に銃口。引きつった笑みを浮かべる。
「悪く思わないでね」
銃声にびくりと体を反応させるシンジ。
男は血と脳漿を壁にぶちまけ、床に落ちる。
肩で息をするミサト。シンジを見る事なく冷たく言う。
「さあ、行くわよ。初号機へ」

地下駐車場。人の気配はない。
血のついた無線機をいじるミサト。戦自の無線を辛うじて拾う。

『紫の方は確保しました。ベークライトの注入も問題ありません』
『赤い奴は既に射出されたもよう。目下ルートを調査中』

「まずいわね。奴等、初号機とシンジ君の物理的接触を断とうとしているわ。
こいつはウカウカできないわね。急ぐわよ、シンジ君」
しかしシンジは動かない。
「ここから逃げるのか、エヴァの所へいくのか、どっちかにしなさい」
それでも無反応だ。
「このままだと何もせずただ死ぬだけよ」
「助けて、アスカ助けてよ」
小さいつぶやき。その言葉に苛立つミサト。
「こんな時だけ、女の子に縋って! 逃げて! 誤魔化して! 中途半端が一番悪いわよ!」
そう言ってシンジによるとその腕を引っ張り上げる。だらしなく崩れるシンジ。
「さあ、立って。
立ちなさい!」
力なくされるがままのシンジ。
「もういやだ。死にたい。何もしたくない」
「なに甘ったれたこと言ってんのよ! あんたまだ生きてるんでしょ!
だったらしっかり生きて、それから死になさい」

第二発令所では交戦が続いていた。下層フロアには死体が転がっている。
「構わん。ここよりもターミナルドグマの分断を優先させろ」
冬月が指示を出す。日向と青葉は銃で応戦している。
「あちこち爆破されてるのに、やっぱりここには手を出さないか」
マガジン交換の合間に一息つく。
「一気に片をつけたい所だろうが、下にはマギのオリジナルがあるからな」
青葉も応じる。
「出来るだけ無傷で手に入れておきたいんだろ」
「ただ、対BC兵器装備は少ない。使用されたらヤバイよ」
「N2兵器もな」

光弾が落ちて行く。
光が広がり、少し遅れて音と爆風が広がる。
爆発。
ものすごいエネルギーが山々の表面を走る。
地下へと向かった力が湖の底を破る。
風船が弾けるように力が地下空間を揺らす。爆発起こる。

モニターが点滅し、室内灯が辺りを赤く染める。舌を噛みそうな振動が来る。
「チッ! 言わんこっちゃない」
「奴等、加減てものを知らないのか?!」
体を支えながら冬月が年より臭く言う。
「ふん! 無茶をしよる」

穴が開きむき出しになったジオフロントに砲弾の雨が光の筋となって降り注ぐ。
その爆発の振動に翻弄されながら伊吹が叫ぶ。
「ねえ! どうしてそんなにエヴァが欲しいのっ!!」
答が返ってくるわではないが……

「サードインパクトを起こすつもりなのよ。使徒ではなく、エヴァシリーズを使ってね」
静かな地下空間を愛車で走るミサト。隣には小さく膝を抱えるシンジ。
ミサトの向こうには長い脊椎と頭部のみのエヴァシリーズが見えている。
失敗作なのか予備なのかはわからない。
「15年前のセカンドインパクトは、人間に仕組まれたものだったわ。
けどそれは、他の使徒が覚醒する前にアダムを卵にまで還元する事によって、被害を最小限に食い止める為だったのよ」
聞いていなさそうなシンジに諭すように言う。
「シンジ君。私たち人間もね、アダムと同じ、リリスと呼ばれる生命体の源から生まれた、18番目の使徒なのよ。
他の使徒達は別の可能性だったの。人の形を捨てた人類の。
ただ、お互いを拒絶するしかなかった、悲しい存在だったけどね。同じ人間同士もね。
いい? シンジ君。エヴァシリーズをすべて消滅させるのよ。生き残る手段はそれしかないわ」

第2東京、総理官邸
巨大な振り子が揺れる第3執務室。総理の持つ受話器からは不通音が聞こえている。
「電話が通じなくなったな」
「はい。3分前に弾道弾の爆発を確認しております」
秘書が告げる。
「ネルフが裏で進行させていた人類補完計画。人間全てを消し去るサードインパクトの誘発が目的だったとは、とんでもない話だ」
「自らを憎む事の出来る生物は人間くらいのものでしょう」
「さて、残りはネルフ本部施設の後始末だが」
「ドイツか中国に、再開発を委託されますか?」
「買いたたかれるのがオチだ。20年は封地だな。旧東京と同じくね」

『表層部の熱は引きました。高圧蒸気も問題ありません』
『全部隊の初期配置、完了』

「現在、ドグマ第3層と紫の奴は、制圧下にあります」
「赤い奴は」
「地底湖、水深70にて発見。専属パイロットの生死は不明です」

胎児のように丸まっている弐号機。
中ではアスカも同様に丸くなっている。
うっすらと目を開けるアスカ。
「……………いきてる」

外では地雷が水中に向かって次々と発射されている。
弐号機に当たり爆発していく地雷。シンクロしているわけではないが、その衝撃に声を上げるアスカ。
「ううううっ! きゃああああ!
…………死ぬのは、いや。死ぬのはいや。死ぬのはいや。死ぬのはいや。死ぬのはいや。死ぬのはいや。死ぬのはいや。死ぬのはいや。死ぬのはいや…………」
繰り返すアスカのつぶやきに声が重なる。
いや、イメージか。
それは女の声。聞き覚えのあるような、優しいもの。
包み込むように、守るように囁かれる言葉。

『まだ、ころさないわ。まだ、しん
 ではだめよ。まだ、いきていなさい。まだ、しなせな
いわ。ころさないわ。しんではだめよ。いき
ていなさい。 ころさないわしんではだめよい
きていなさい……いっしょにしんでちょうだい
……しんで
わだめよころさないわいきていなさい…………』

「死ぬのは、いやあああああ!」
恐怖に叫んだアスカの意識に流れ込む死の映像。干からび、蛆の生えた自分の死体。
そしてイメージ。水辺で両手を広げている母。
「ママ、ここにいたのね」
森の中から小さなアスカが母を見つける。
差し伸べられた母の手を取ろうとするアスカ。
「ママ!」

湖から光りの柱が立つ。上空で炸裂し十字を象る。
「これは?」
「やったか!?」
吹き上がった水が雨のように降る中、爆破成功かと色めき立つ戦自。だが戦艦を持ち上げて弐号機が現れる。自分の重さに耐えられず亀裂を走らせる戦艦。その弐号機に対して砲撃が加えられる。その砲弾を戦艦で受け止めると、そのまま戦車隊へと投げつける。
「どりゃあああああ!」
ものすごい質量が落ち、爆発する。
弐号機の中でそれを満足そうに見るアスカ。
「ママ。ママ。わかったわ。ATフィールドの意味」
砲撃を避け、飛ぶ弐号機。追うように砲弾が飛ぶが、まともに当たるものはない。
「私を守ってくれてる。私を見てくれてる」
着地した弐号機の顔面にミサイルが当たる。もう一発を手で受け止める。爆発するもその顔には傷一つついていない。
「ずっと、ずっと、一緒だったのね、ママ!」
爆炎の中、ゆっくりと立ち上がる弐号機。

戦自の死体を踏み越えて走るルノー。伊吹の声で無線が飛び込む。
「エヴァ弐号機起動。アスカは無事です! 生きてます!!」
ぴくりと反応するシンジ。
「アスカが?!」
ミサトがつぶやく。

戦車隊へと歩いてくる弐号機。雨のように光の弾が飛ぶが、すべて弾かれている。
「ケーブルだ。奴の電源ケーブル! そこに集中すればいい!!」
指示によって集中攻撃を受けたケーブルが吹き飛ぶ。エヴァ内では表示が内部電源へと切り替わる。舌打ちしエヴァ背後のコンセントを落とすも、アスカには余裕がある。
「アンビリカルケーブルが無くったって、こちとらには1万2千枚の特殊装甲と、ATフィールドがあるんだから!」
そしてATフィールドを張った手で空を凪ぐ。ヘリからのミサイルも弐号機に当たることなく爆発する。
「負けてらんないのよ!」
ヘリを叩き落とすと、その尾翼を掴み振り向きざまに別の一機に叩き付ける。
「あんた達にぃ!」
背中から銃撃を加える一機にゆっくりと振り替える弐号機。その巨人はかかと落しを食らわせると、手に残った破片を別の一機に投げつける。爆発して落ちて行くヘリ。背後に回り込み攻撃を加えるヘリは、回し蹴りで落とされる。炎上するヘリと木々の中、圧倒的な強さでそこに立つ弐号機。

「忌むべき存在のエヴァ。またも我らの妨げとなるか。
やはり毒は、同じ毒を持って制すべきだな」

上空に飛来する9機の輸送機。それらには一体ずつエヴァが釣られている。
すべて同じ白のカラーリング。
頭部が外れ、『KAWORU』と書かれたダミープラグが挿入される。
頭が長くどこか爬虫類を想像させるエヴァ9機が次々と降下、翼を広げて空を舞う。
手には巨大な板状のナイフを持っている。
「エヴァシリーズ?! 完成していたの?」
呆然と上空を回転するエヴァシリーズを眺めるアスカ。

立体スクリーンに映された外の映像に冬月かつぶやく。
「S2機関搭載型を9体、全機投入とは。大袈裟すぎるな。
まさか? ここで起こすつもりか」

足もとの戦自も気にせずに着地するエヴァシリーズ。
翼がその背中に仕舞い込まれるとゆっくりと上体を上げる。

地下のどこかでミサトのルノーが壁に激突している。その側ではミサトが無線機を弄っている。
「いい? アスカ。エヴァシリーズは必ず殲滅するのよ。シンジ君もすぐに上げるわ。がんばって。
−−で、初号機には非常用のルート20で行けるのね」
相手はアスカから日向へと変わっている。
「はい。電源は三重に確保してあります。3分以内に乗り込めば、第7ケージへ直行できます」
無線をきったミサトは変わらずしゃがみこんだままのシンジを見下ろす。そして無理矢理その手を掴み引きずって行く。

「必ず殲滅、ね。ミサトも病み上がりに軽く言ってくれちゃって。
……残り3分半で九つ。一匹につき、20秒しかないじゃない」
言葉とは裏腹にその顔には歪んだ笑みが浮かんでいる。
とりあえず正面の一機に狙いをつける。
「どぉりゃああああああああ!」
飛び上がり顔に体当たりすると、顔が崩れる。勢いで向こう側へ着地すると倒れ掛かってきた体を持ち上げ二つ折りにする。胴で折れると血が溢れ赤い弐号機をさらに赤く染める。血が流れ落ち、空を映したモニターを見上げ、アスカが言う。
「Erst!」

シンジの手を引き力強く歩くミサト。EMERGENCY ELEVATOR R-10-20と書かれたプレートの前で立ち止まる。
「ここね」
その時、左下方から銃弾が飛ぶ。ミサトはシンジを庇いながらゲートへ走る。が腹部に激痛が走り血が飛ぶ。転がり込むようにゲートに入るとドアが閉まる。瞬差でバズーカが炸裂する。
「逃したか」
「目標は射殺は出来ず。追跡の是非を問う」

『追跡不要。そこは爆破予定だ。至急戻れ』

「了解」

呆然とミサトを見るシンジ。壁に寄りかかり肩で息をしているミサト。その脇からは血が流れ出している。
「これで、時間、稼げるわね……
大丈夫、たいした事……ないわ……」
言葉とは裏腹に立ち上がるミサトは辛そうだ。足に力が入らないらしく体を支えきれない。そんなミサトを支えるでもなく後ずさるシンジ。ミサトは壁伝いに数歩歩くとエレベーターのスイッチに触れる。音を立ててドアが開く。
「電源は生きてる。行けるわね」
ゲートにシンジを押し付ける形で、辛うじて金網を支えにするミサト。シンジはその手に血がついているのを見ながらも、その現実から逃れるようにうつむく。
「いい? シンジ君。ここから先はもうあなた独りよ。すべてひとりで決めなさい。誰の助けもなく」
「僕は、ダメだ。ダメなんですよ……人を傷つけてまで、殺してまでエヴァに乗るなんて、そんな資格ないんだ……」
うつむいたままシンジが言う。今まで溜まっていたものが溢れるように言葉が止まらない。
「僕はエヴァに乗るしかないと思ってた。でもそんなの誤魔化しだ。何もわかってない僕には、エヴァに乗る価値もない。僕には人の為に出来る事なんて、何もないんだ!
……アスカにひどい事したんだ。カヲル君も殺してしまったんだ。優しさなんか欠片もない。ずるくて臆病なだけだ。僕には人を傷付けることしかできないんだ。だったら何もしないほうがいい!!」
金網を握り締め叫ぶシンジ。それはシンジの心の叫びだった。カヲルを殺してしまってから、ずっとシンジが抱えていたもの。しかしミサトは冷たく答える。
「同情なんかしないわよ。自分が傷つくのが嫌だったら、何もせずに死になさい!」
すすり泣くシンジ。
「今、泣いたってどうにもならないわ」
ふと表情を緩めてミサトは言う。
「……自分が嫌いなのね。だから人を傷つける。自分が傷つくより、人を傷つけたほうが心が痛い事を知ってるから。でも、どんな思いが待っていても、それはあなたが自分独りで決めた事だわ。価値のある事なのよ、シンジ君。あなた自身の事なのよ。誤魔化さずに、自分に出来る事を考え、償いは自分でやりなさい」
「ミサトさんだって、他人のくせに! 何もわかってないくせにっ!!」
ミサトが激昂する。シンジの胸座をつかんで突っかかる。
「他人だからどうだってぇのよ!! あんた、このまま止めるつもり?! 今、ここで何もしなかったら、私許さないからね。一生あんたを許さないからね!」
両手でシンジの顔を挟み込み言い聞かせる。シンジは視線を外せずにミサトを見る。
「今の自分が絶対じゃないわ。後で間違いに気づき、後悔する。私はその繰り返しだった……
ぬか喜びと自己嫌悪を重ねるだけ。でも、その度に前に進めた気がする……
いい? シンジ君。もう一度エヴァに乗ってケリをつけなさい。エヴァに乗っていた自分に。何のためにここに来たのか、何のためにここにいるのか。今の自分の答えを見つけなさい……
そして、ケリをつけたら、必ず戻ってくるのよ」
そしてペンダントを外すとシンジに握らせる。
「約束よ……」
「…う、……」
返事にならないシンジ。そんなシンジに優しくミサトは言う。
「いってらっしゃい」
そしてミサトはシンジの唇にキスをする。深く、長く。ゆっくりと余韻を残すように離すとシンジの頬をなぞりながら言う。
「大人のキスよ。帰ってきたら続きをしましょう……」
背中のゲートが開き、支えを失ったシンジはエレベーターへと倒れ込む。それを微笑みながら見送るミサト。ドアが閉まる。

すでに立っている力もないミサトはゆっくりと壁伝いに崩れ落ちる。血痕が赤く壁に線を引く。
「……こんなことなら……アスカの言うとおり……カーペット……替えときゃよかった……ね、ペンペン……」
血溜りが広がる中、少し首を上げ空を見上げる。
「……加持く、ん……私……これで、よかったわよね……」
ミサトを見下ろすように幻影のレイ。そして爆発。

エレベータの中でシンジがしゃくりあげる。拭っても涙は止まらない。手に血がつく。ミサトの血。キスをしたときに着いたものだ。唇にミサトの血がついていることに気づくシンジ。新たな涙が溢れてくる。鳴咽を漏らしながらしゃがみこむ。わかっているのだ。もうミサトは助からないだろうことは。
下方から低い振動が伝わる。ミサトのいた辺りが爆破された振動だった。

「でぃあああああああああ!」
外ではアスカが孤軍奮闘していた。一体ずつに焦点を絞った攻撃。飛び掛かり、湖へと押し倒すとプログレッシブナイフを頭に突き立てる。動かなくなったと確認するとすぐに離れ、次へと向かう。砕けたナイフの刃は新しいものに変わる。
「ひぃあああああああああああ!!」
腕を勢いで切り落とす。手に持った巨大ナイフごと飛ぶ、腕。ナイフは不規則にバウンドした地面に刺さる。押し倒して2激目を加えようとするが力に耐えられず砕けるナイフ。
「チッ!!」
その瞬間の隙をついて腕が伸びてくる。
「きゃあああああああああ!」
辛うじて踏みとどまりその手から逃れると後ろから首を絞めにかかる。鈍い音と共に骨が折れる。だらんとたれる首。息つく暇もなく、別のエヴァが頭上から襲い掛かる。横転してその攻撃から逃れると突き刺さったナイフを手に取る。
「くううううう!」
両手で引き抜くと切りかかる。巨大さ故に反動も大きく、弾かれると後ろへ吹っ飛ばされそうになる。地面をえぐりながら踏みとどまると反撃に転じる。
「でえええええええええええええいっ!!」

『んもぅ、しつこいわねぇ!バカシンジだって当てに出来ないのにぃぃぃぃ!』

第7ケージにたどり着いたシンジが見たものは、ベークライトで固められた初号機。

数撃切り結ぶ。反動をこらえるアスカ。
「ああああ!」
強烈な一撃に相手がバランスを崩した隙に首の付け根ににナイフを食い込ませる。

ゲンドウはレイを連れてリリスの元にいた。静かに見上げる二人。LCLに波紋が広がる。
「……お待ちしておりましたわ……」
赤木リツコがそこにいた。静かな、微笑みさえ浮かべた顔でゆっくりと立ちあがると白衣のポケットから銃を取り出す。照準をゲンドウに合わせる。

回転しながら飛んで行くエヴァの上半身。血を吹き上げる下半身の向こうに弐号機。土を削りながら振り向き別の一機の足を切り飛ばす。
「うああああああああああああ!!」
回転の勢いでバランスを崩す弐号機にもう一機が襲い掛かる。
「あああっ、くっ!」
その体を頭上に持ってくると肩のパーツから棘状の弾が飛び出す。顎から棘に貫かれるエヴァ。
「うううっ!!」
身を乗り出すアスカ。その表情には狂気が宿っている。もう一撃。勢いで後方へ吹っ飛び動かなくなるエヴァ。

地上に対してとても静寂な地下空間。
「ごめんなさい。あなたに黙って先ほど、マギのプログラムを換えさせてもらいました。
娘からの最後の頼みよ。母さん、一緒に死んでちょうだい」
ポケットの中の左手がスイッチを押す。目を閉じ、静かに待つリツコ。
数秒経過しても何も起こらない。
「作動しない!? 何故?」
慌ててリモコンを取り出すと、3機のうちカスパーが‘否定’を提示していた。
「カスパーが裏切った?! 母さんは、娘より自分の男を選ぶのね……」
リツコの動揺を見ても表情を変えず、ゲンドウはリツコに銃を向ける。
「赤木リツコ君。本当に………………」

「……嘘つき……」

嬉しいような、悲しいような複雑な表情でつぶやくリツコ。その言葉は彼女の望んだ言葉だった。欲しかったものだった。なのにそれを信じきることはできない。それでも、嬉しかった。
そして銃声。LCLへと落下して行くリツコの目に、レイが映る。驚きの表情。水柱がたった。

第二発令所では、まだ銃撃戦が行われていた。身を守りながら外の様子を覗う。
「外、どうなってる?」
伊吹がパソコンでモニターしていた。
「活動限界まで、1分を切ってます。このままじゃ、アスカは!」

「うぉおおあああああああああああ!!」
エヴァの頭を建物に押し付けそのまま食い込ませる。握り潰され血が吹き出す。
「負けてらんないのよぉ! ママが見てるのにぃ!」

その声は第7ケージのシンジにも聞こえていた。膝を抱えたシンジが微かに顔を上げ、初号機を見る。
「ママ? 母さん……」

つぶれたエヴァを残る一機に投げつけると走る。
「これでラストォォ!!」
そのまま勢いをつけて2体ごと貫き、コアを握り潰そうとする。
「グウウウウウウウ!
ウオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
残り時間は10秒を切っている。
「アアアアアアアアアアアアアアア!」
力を込める。あと数秒。
その時、後方に気配を感じるアスカ。ナイフが飛んできていた。血の滴った腕を抜き、ATフィールドを張る。落下せず、宙に浮きながらナイフは形を変える。ATフィールドに反応したように。
「ロンギヌスの槍?!」
色は違ったがそれは、以前零号機によって宇宙へと投げられたロンギヌスの槍と同じ形をしていた。槍はじわじわと迫り、ATフィールドを破る。
「ヒッ!」
真っ直ぐに弐号機を襲う槍。
回避しようとする手をすり抜け、その左眼に突き刺さり、深々と貫通する。
「きゃあああああああああああああああああああああ!」
左目を押さえて叫ぶアスカ。そして内部電源が切れる。そのまま後ろ向きに崩れる弐号機。槍が奇妙にその体を支えている。
「やあああああああ!
ひゃああああああ!
ああああああああ!」
薄暗いプラグ内で必死に操縦管を動かずアスカ。左目からはボタボタと血が落ちている。

「……内部電源終了。活動限界です。……エヴァ弐号機、沈黙」
伊吹が静かに状況を告げる。呆然とその報告を聞く日向と青葉。
モニタに異常が映る。
「何これ? 倒したハズのエヴァシリーズが……」
致命傷と思われるほどのダメージを受けているにもかかわらず、今まで倒れていたエヴァシリーズが次々と起き上がってきていた。
「エヴァシリーズ……活動再開……」

頭部がつぶれ、腕や足を失いながら。ナイフをその身に食い込ませたままエヴァシリーズは起き上がる。
そして翼を広げる。

「止めを刺すつもりか」
小さなモニターを3人が覗き込む。

まるで、そのためにカラーリングされたような赤い口がニヤリと笑う。羽ばたき上昇すると、弐号機に向かい一斉に降下する。死体に群がるハゲタカのように、弐号機に食らいつき装甲をめくり、臓腑を引きずり出して行く。

「うぐっ!」
口元をハンカチで押さえる伊吹。画面から顔を背ける。
「どうした?」
「もう見れません。見たくありません!!」
その言葉に伊吹をのけて画面を覗き込む日向。次第に機能を失って行く弐号機の様子が映し出されていた。
「これが、弐号機?!」

エヴァシリーズはその腸を咥えたままゆっくりと弐号機から離れ上昇する。延び切った腸が弐号機の重みに耐え切れずに千切れる。内部では電源が切れているにもかかわらずシンクロによりダメージを受けているアスカがおなかと左目を押さえて痛みに悶えていた。
「う、うううううう……
……殺してやる……」
アスカに反応して弐号機の目に光りが宿る。電化され外を映し出すモニタ。アスカが上空を旋回するエヴァシリーズへと手を伸ばすと弐号機も最後の力を振り絞るようにその手を伸ばす。
「殺してやる、殺してやる、殺してやる……」
今にも切れそうな残り火。呪詛の言葉を吐きながら、なおも手を伸ばすアスカ。

「暴走か?」
「アスカ! もう止めて!」

「殺してやる、殺してやる、殺してやる……」
女性の手のようなエヴァの素体の手が伸びる。アスカは光の向こうで自由に空を飛びまわるエヴァシリーズにめいっぱい手を伸ばして行く。掴み取り、引きずり落とそうとするように。
「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる……」

右手が裂ける。
エヴァシリーズが投げた槍が弐号機の右手を裂き、次々と他の部分にも突き刺さって行く。

「ひっ!」
それを見てしまう伊吹。

『シンジ君! 弐号機がっ! アスカがっ! アスカがぁっ!!!』

絶叫が第7ケージに響き渡る。しゃがみこみ膝を抱えたシンジが小さくいい訳をつぶやく。
「だって、エヴァに乗れないんだ。どうしようもないんだ!」
そのシンジの言葉を聞いたように、振動と共にベークライトを砕いて初号機の手がシンジへと伸びる。乗れと言わんばかりに。
「母さん……」
頭を庇った状態で初号機を眺めるシンジ。

「初号機が動き出したか」
地下でゲンドウが言う。振動で響きでそれとわかる。

本部施設を吹き飛ばし光の柱が立つ。十字を描くその光柱がそのまま割れて行く。
渦巻く風が嵐のように戦自を翻弄する。
「エヴァンゲリオン初号機」
「まさに悪魔か」

嵐の真ん中に2枚のオレンジの光の翼を広げた初号機が浮いている。薄暗い中、その目と口が光り鬼のようにも見える。
中には制服姿のシンジ。初号機自体に強制された形で、再びエヴァに乗ってしまったシンジの表情は硬い。
ふと気づいたように空を見る。
「……アスカ……」
そこにいたのは、眼球をぶら下げ脳漿を滴らせ、食われ千切れた弐号機の残骸。それを咥えて飛ぶ量産機。足や、腕や下半身を咥えているものも見える。弐号機だったモノを咥えて空を舞うエヴァシリーズ。
「うわあああああああああああああああああああああああああ!!!!」
シンジの絶叫が嵐の中に響く。

つづく


まごころを、君に