その日の訓練は、初期組とは別に新規組のみで行われていた。エヴァの型番が違うこともあり、続版への応用としての実験は初号・弐号を使うことが増えている。
エヴァの増産は簡単ではない。それは物理的な意味でも、予算的な意味でも。だが、使徒の侵攻が日本へ集中され始めている現状では、必要なことという認識が強い。
今の4人以外に新しいパイロットが訓練中だとも聞いている。正規パイロットになるまで、訓練生はネルフ内に入ることはない。その理由は知らされていないが、アスカ達も訓練はずっと別の所で受けていた。恐らく同じ所で新しい候補が訓練を受けているのだろう。
候補者はかなりいた。アスカとシンジの二人に絞られるまでに振り落とされた候補が、今も候補としてがんばっているのか、新たに集めているのか。そんなことも正規パイロットには知らされない。
できれば、後続パイロットは顔も知らない奴がいいなとアスカは思って隣を見た。
シンジとアスカは決して仲が良いということはなかった。訓練生時代も、今も。それでも二人に絞られれば愚痴をこぼす相手は互いしかなく、必然的に会話が増える。アスカとしては、なぜシンジがパイロットになれているのかは疑問だった。戦闘能力だけなら、他にも優秀なものはいた。
ただ、実戦に投入され初期チルドレン達と共に戦うようになって、その馴染み具合にアスカは、そういうのもパイロットの資質なのかと実感した。最初に自分がやらかしただけに。
だが。
それでも。
これはどうなんだろうと思う。
「あんたが男とどーこー出来るなんて思ってなかったなぁ」
アスカのポツリと、といった言葉はシンジにちゃんと聞こえていたようで、バッとアスカを見るとワタワタと手を上げたり下げたりしてる。
「え?! な、なんで、アアアアスカ?! ええっ?」
「何? バレてないとでも思ってたの?」
一瞬固まって、それからシンジはコクコクとうなずく。
アスカは重いため息を落とす。今はプラグスーツで見えていないが、今日だって鎖骨の所にはっきりとしたキスマークがついている。そういう物証もたくさんあったが、
「バッカねぇ。同じ建物に住んでるのよ? それも同じフロア。あんたのチェロだって聞こえてたって話、したことあったでしょう? だったら聞こえるとか考えたことないの?」
夜にシンジの声が聞こえることがあるのだ。最初は正直わからなかった。もしこれが女だったら、すぐにわかったかもしれないが、男がこんな声をあげるなんて、さすがに知らなかった。びっくりしてネルフに通報しかけたが、今思えばよく思いとどまったものだと思う。
「もー最悪よ。最初はほんっと! 怒鳴り込みに行こうかと思ったけどさぁ。さすがにできなくってさ。
今まで気付いてなかったんなら、これから気をつけてよ? 窓くらい閉めてやりなさいよ」
「や、やり・・・・・・」
「ま、あの男にそんなことを要求すること自体が間違ってるとは思うから、無理は言わないけど。たまには拒否したら? 言い募られたらやらせてるんでしょ? そういうのを都合のいい女、って女じゃないか。ま、でもそんな感じよね。その内ポイって捨てられるわよ?」
流れで適当に口にした言葉に、シンジが目に見えて沈んだ顔をする。その様子にアスカは、あれ? と思う。
「・・・・・・やっぱりアスカもそう思う?」
なにそれ。アスカが戸惑う。こいつら好き合ってやってたんじゃないの?
「何? 自分でもそう思ってるの? じゃあ尚更何か言いなさいよ。あいつ絶対あんたの都合なんて考えてないわよ」
「それは、別に、いいんだけど」
「いいわけないじゃない!」
「だってカヲル君が好きなのは綾波だし」
「はぁ? 何? あいつ、ファーストにも手ぇ出してるの?!」
「え、いや、手ぇ出してるっていうか、その。元々あの二人がつきあってるんだよ」
「じゃあ何? あんた最初からつまみ食いだったの?」
「う。・・・・・・たぶん、そう、だと、思う」
俯いたシンジの声は少し鼻声だ。
「え、うそ何? 泣いてんじゃないわよ男のくせに」
泣いてないよ、とは言ったが、どう見ても目尻には液体が溜まっていた。
アスカは小さくため息をつくと、天井を見上げた。実験棟はエヴァを格納する所だし、天井は高い。合間の休憩とはいえ、休んでいるのは基本自分達だけ。スタッフは動き回っている。ザワザワとした音が響いたりこもったりしているから、恐らく今の会話は誰にも聞かれていないと思うけれど。
隣を見ると、ぐすっと鼻をすするシンジが手元と見ている。
なんか。なんというか。
もしかしたらコイツの方が自分よりも恋する乙女なのではないだろうか。
いわゆる女子力がある奴だとは思っていたけれど。
パイロットに選ばれる前に、まだごく普通の学生だった頃に、こんな状況になったことはあった。同じように恋愛相談を、クラスの女子としたことはある。
「あんたほんとにアイツが好きなのね」
男同士とか、なんかもうどうでもいいかな、とアスカは思って言う。こいつがあいつを好きなのは、もうこの様子からは疑いようがない。まあ家族には恵まれなかった奴だと聞いているし、そういうコンプレックスめいたものがねじれ曲がった結果である可能性もあるんだろうけど、少なくとも今目の前の子は、恋をしてそれがうまくいっているかわからなくて悩んでいる、同い年の子供だった。
アスカの言葉をどう捕らえたのか、シンジはゆっくりと言葉を並べる。
「よくわかんないんだけど、カヲル君のこと考えてると感情が落ちつかなくて苦しくなって、でも考えるの止められないし。綾波が好きなのは仕方がないって思うんだけど、時々他にも誰かまだいるみたいな気がするし」
「浮気しまくってるわけね」
「どうしたらいいのかわからなくなるんだ」
ため息しか出ない。本当に恋愛相談、恋の悩みだ。どちらかと言えば大人寄りの。できないのはわかっていて思うが、自分よりはミサトあたりにするべき相談な気がする。
「はぁ。周りには私を始め若いのも色気たっぷりのオバサンも一杯揃ってるってぇのに、寄りにもよって男を好きになるなんてねぇ」
「いいじゃないか別に」
シンジはなんだか拗ねている。アスカはほんの少しだけ、その拗ね方を可愛いと思う。
「いいわよ、別に。ただほんとに女みたいに愚痴愚痴言ってるのが聞いてらんないの」
「・・・・・・そんなに女々しい?」
「女友達と恋バナしてる気分よ」
がっくりと肩を落としたシンジを眺めてアスカは、別れた方がシンジのためなんだろうなと思い、でも無理そうだな、とも思った。まったくあの男も面倒なことをしてくれる。騙すなら騙すでうまく言えばシンジは舞い上がって、それこそ本当に都合のいい存在にだってなるだろうに。変に正直なのは、誠意だとでも思っているのだろうか。
「ま、でもエヴァの操縦できなくなったりする前に話して済むなら聞いてあげるわよ。一応仲間ですからね」
これは女子同士の恋の話と割り切ろうと、アスカは強く思った。

分かっていて指摘したとはいえ、シンジとカヲルが体の関係にあるとはっきりしてしまったのは、アスカにとっては嬉しくはないことだった。
別にシンジが好きだったわけではない。だから自分の恋愛感情がどうとか、そう言う問題ではない。
敢えて言うなら、疎外感。
4人のパイロットのうち3人がそう言う関係というのは疎外感を感じるべきものなのか考えはするけれど、選ばれなかったという状況自体が珍しい経験なのもあってか、少しイラついてはいる。それが理不尽で意味がなくて、どちらかというと気にせず放置すべき問題だとも思っているので、できるだけ意識しないようにはしていた。
だというのに。
ロッカーで着替えている相手の背中には、この間シンジに見たのと同じ様な痕がついていた。
『少しは気にしなさいよ! あいつもあんたも!』
腹を立てるなというのが無理だろう。というかこの場合腹を立てる相手は目の前の感情のない少女なのか、痕をつけまくるここにいない男なのか。
だから、今までほとんど話らしい話をしたことのない相手につい、つっかかってしまった。
イライラする気持ちのままあれこれ八つ当たりとも言える文句を言うけれど、レイは感情を揺らがせることもなく淡々と返事をよこす。
シンジのようにとは言わないけれど、これは好きとか嫌いとかそういう感情の話だ。なのにどうしてそんな冷静でいられるのだろう。アスカにはわからない。
「あんた、本当にあいつのこと好きなの?」
「そうね、好きなんだと思う」
『思う』って何よ思うって。
アスカから見ればレイはシンジのことだって好きに見える。恋愛感情かまではわからないけれど、自分なんかよりよっぽど普通にシンジと話をしているし、部屋にも出入りをしているのを知っている。
なのにカヲルに対してもシンジに対しても、見せる表情は変わらない。
これじゃ、どっちも好きにも見えるし、どっちも好きじゃないようにも見える。
普段から無表情とは言えひどすぎだ。
「私はカヲルと同じなのよ」
ぽそりとレイが言った。返事ではない、自分からの言葉。
「そりゃあんた達は試作パイロットだし、双子みたいなもんでしょうけど」
「ええ。私達は体は2つだけど同じモノ。だから惹かれているだけ」
その言い方では別にカヲルをちゃんと好きじゃないように聞こえる。
「たぶん、本当には好きじゃないのよ」
その言葉とともに、うすく、口の端が上がった。自嘲のような。ここまで表情が動かなかっただけに、その表情は目に残った。
そうなのかもしれない、とストンとアスカの中に何かが降りた。レイは、たぶんカヲルも、お互いへの思いはあるのだけれど、それしかなくて、だからそれは好きという言葉にしかならなくて、だから好きだというように振舞っているだけなのだ。
それが正解かはわからないけれど、アスカはそれ以上レイにつっかかるのは止めて
「実験始まるわ。行きましょう」
そういってロッカーを出た。

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