確実に出撃回数が増えている。
最初の頃に比べれば問題にならないくらいに連携が取れているから、戦闘そのものがひどくなったとは感じない。だが、シンジ君たちはどうかわからないが、僕らはエヴァとのシンクロに消耗する。シンクロしつつ自我を保たなければならない。
前に赤木博士が言っていた。僕らはシンクロは問題ないが、シンクロし過ぎないようにしなければいけない。彼らは自我を蝕まれる可能性よりシンクロ率を上げるほうを考えないといけない。
エヴァのパイロットと一括りに言っても僕らと彼らでは大きな違いがある。
その差、なのか。戦闘間隔が短くなってダメージが出ているのは僕らだった。
レイの調子も良くないから、あまりレイには手を伸ばしていない。最近はもっぱらシンジ君だった。疲れてて相手のことなんて考えてられなくても、シンジ君だったらあんまり壊す心配とかしなくていいし、正直楽だった。こんなこと言ったら、レイだけでなく惣流にも文句を言われるだろう。
僕はそれでも休めばそれなりに回復していたけれど、レイはずっと調子が悪いままだ。食欲は目に見えて減っているし、時々吐いているようだった。
何度も赤木博士の所へ行くように言うけれど、レイは首を縦に振らない。気持ちはわからなくはない。正直僕もあまり赤木博士は得意ではない。何かされたわけではない。印象だけの問題。それでもこんな状態でも嫌だなんて、レイはかなり苦手だったんだなと改めて思う。

とうとう顔色の悪さを惣流にまで指摘されたのに、それでもレイはネルフに何も言わなかった。
僕が赤木博士に言うべきなんだろうなと思う。
でもレイが嫌だと明確に言っているから、どうしてもためらってしまう。

惣流に指摘されて2日後。レイは学校で倒れた。
教師に当てられて立ち上がったときに、立ちくらみを起こしたようにふらりと重心を崩し、そのまま倒れこむ。隣の机にぶつける寸前で、僕の手が間に合って頭をぶつけたりはなかったけれど、顔は真っ青でいつも以上に体温も低かった。
ろくに教師に言葉も告げずにそのまま抱き上げると保健室へ運ぶ。走りたかったが、振動は良くないだろうと走るなと言い聞かせる。
僕らに何かあれば組織に連絡が行く。赤木博士が迎えに来て、結局は博士のラボに運ばれることになった。
「あなたは授業を受けなさい」
そう言われたけれど頷けるわけが無い。無視してレイを抱き上げた。赤木博士はため息をついてそのまま僕にレイを運ばせた。

検査の結果は僕を驚愕させるのに十分なものだった。
「妊娠しているわ」
言葉の意味が理解できなかった。今博士は何て言った?
僕の表情を見て博士はもう一度口を開いた。ゆっくりと、言い聞かせるように。
「レイは妊娠しているわね。あなたの子供でいいのかしら?」
妊娠。妊娠? 信じられなかった。僕らに生殖能力が無いと言ったのは他でもない赤木博士なのに。
「計算外ね。確かに確率は0ではなかったけれど、限りなく0に近いものだったのに。これは奇跡と呼ぶべきなのかしら?」
嫌な表情で笑いかける博士。いつもなら赤木博士のそんな言葉にはすぐに反抗することができた。だが今はショックが強すぎて何も考えることが出来ない。
妊娠? 子供? 僕らの? 僕とレイの?
「とにかく、今はレイの体調が良くないから無理だけど、早めに処置しないとレイが持たないわ」
混乱にさらに加わる負荷。それでも意識の表面で反射のように言葉を発する。
「持たない・・・・・・?」
「彼女の体では、臨月までの間子供を抱えていることは危険だ、ということ」
その言葉の意味も正しくは届かなかった。ただ危険という単語だけが頭の中をこだまする。
「危険、って」
「死ぬかもしれないってことよ」
「何故」
言葉が出ていることが信じられない。自分はどこで会話しているんだ?
「彼女の未熟な子宮では、子供を成長させるのは難しいわ。それにあなた達は免疫系や代謝系が少し人と違う。妊娠という状態を、異物を抱えてその分まで処理するのはムリね」
呆然とする僕を、博士は今までに見たことのない、人間らしい表情で、痛ましげに見た。
「すでに妊娠中毒症に近い状態なの。こんな状態で臨月を迎えられるわけがないわ。それでなくてもあなた達は未成年で保護者は私達なの。許可はできない。今ならまだそれほど母体に負担をかけずに処理できるから」
「でも、レイに聞かないで・・・・・・」
「彼女の意思は問題じゃないの」
思わず博士の胸倉を掴んでしまう。一瞬表情を強張らせて、でも冷静さを保ちながら博士は言う。
「あなた達の感情などよりも、パイロットの喪失を避けるのが私達の立場よ。元々あなた達はエヴァのパイロットとして存在しているの。
使徒が完全に殲滅されて必要がなくなってからならまだしも、現状では彼女に休暇を与える余裕はないのよ」
爆発したのはたぶん怒りという感情。
「貴女は。貴女達は、僕らを生み出してなお命を自分たちのものにするのか」
「逆よ。あなた達を生み出してしまったからこそ、あなた達に対して責任があるの」
胸倉を掴んだまま、今まで経験もない感情で言葉を出す。
「僕らにだって意志や人格がある。自分たちのことを決めることができる」
博士は痛いものを見る目のままで僕に聞いた。
「カヲル。あなたレイに産んで欲しいの?」
一瞬、詰まる。
わからない。妊娠とか危険とか、まだ上手く処理ができていないのに。ただそれでも何もかもを勝手に決められて進められるのは、今回のことについては、受け入れられなかった。
「・・・・・・レイの命と引き換えるつもりはない。でも、彼女の意志も確かめないでここで貴女に決められるのはイヤだ」
赤木博士がため息をつく。
「レイは産みたいと言ったの。だからあなたに堕ろすように説得して貰うつもりだったのだけど、その様子ではムリね」
俯いて後ろの机に寄りかかるように引いた博士の白衣が僕の手からするりと抜けていく。
手を、握った時の位置のままで僕は動けない。
「・・・・・・でも、レイの体では産めないんだろう?」
音は弱々しく、全部を発音できていなかった。博士を見られない。俯いて、視線の先には自分の靴と彼女のパンプス。視界が滲む。
「妊娠の可能性さえほとんどなかったあなた達に子供ができたんだから、絶対とは言えないわね。それでもかなりの確率で命に関わるのは間違いないわ」
どうしても上手く入ってこない。レイに関わる? レイが、どうなるって?
どのくらいかして、ようやく僕は口を開く。
「レイと、話を、させて欲しい」
「ええ、ゆっくり話して頂戴」

状態が良くないということで、結局レイはネルフ附属の医療機関に入院となっていた。普段は分院にあたる地下施設の方ばかりだが、今回は診療科が診療科だ。一般向けの病院にせざるを得なかったようだった。
来たことがないわけじゃない建物は、それでもどこか大きく、病室にたどり着くまでの時間が長く感じられる。
ノックをして入った部屋は広めの個室で、レイは点滴をされていた。
ベッドサイドの簡素な丸いスに座る。レイは何も言わずに僕を見ている。僕も、何を言えばいいかわからずにしばらくレイを見ていた。
顔色が悪い。倒れたときよりは少し、ましかもしれないけれど。元々白い肌が青みを帯びている。こけてはいないけれど、頬は前に比べると丸みが減って骨の存在がはっきりしている。
腕は確実に前より細くなっている。
祈るように、背を丸め、膝に手を置き目を閉じる。
「・・・・・・産みたいって、言ったんだって・・・・・・?」
「ええ」
「・・・今でさえ、そんななのに?」
「そうね。こんななのに、よ」
「なんで」
「子供がいるって言われたとき、びっくりしたけど、でも嬉しかったの。だから」
「死ぬかもしれないって、」
立ち上がってベッドに手をついて。声は泣きそうで。
でも。
レイは、微笑んでいて。
だから。
それ以上は言葉にならなかった。
「ごめんなさい、カヲル。でも、産んであげられるなら、私はこの子を産みたい」
「なんで」
「ごめんなさい」
「謝って欲しいわけじゃ・・・・・・」
「ごめんなさい」
謝りながらも、すこし寂しげではあるものの、それでもレイは微笑んでいて。彼女の決意が強いことは明らかだった。
でも僕は、やっぱり、どちらかをと言われればレイを取る。レイはそれをわかっているから、謝る。
「僕の気持ちは、無視なんだ・・・・・・?」
「・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」
表情を曇らせて、でもはっきりと「ごめんなさい」と言った。
このレイの気持ちを変えるのは、僕には無理だ。
でも、だけど、それでも、やっぱり。
じゃあ産んでとか、元気にならないとねとか。
わかったよとか。
そんな言葉は言えなかった。

赤木博士に、あきらめさせることはできなかった、と言う。
「そう」
わかっていたようにも、残念なようにも取れる表情。
しばらく考えるように卓上の書類を見ていた目を僕に向けて、いつもの、どこか冷たい印象の顔で博士は口を開いた。
「レイにも言ったんだけれど、産みたいというのなら、それはそれで何とかしましょう。保証はなにもできないけれど、手は尽くすわ。ただ、こちらとしても貴方達の間にできた子供というのはとても興味深いの。だからこちらにも協力してもらうわ」
予想はできていたけれど、でも何の感情もなく聞くことはやっぱりできなかった。拳を握って、できるだけ表情には出さないように自分を抑える。
「こちらの要望する検査などは受けてもらいます。これはレイの了解は得ているわ。一応あなたの了承も貰うわね」
「それは、どこまで?」
「どこ?」
「生まれた子供について、どうするつもりなのか、聞いておきたい」
それこそ実験動物のように、生まれた瞬間僕らから取り上げて好き勝手されなかねない。今ここで素直に話してくれるかはわからないけれど、対応を考えないといけない事だ。
「無事に産めるかどうかもわからないのに、そんな先の話をするの」
「どうして今それを聞くのか、貴女もわかっているだろう?」
「……指令は、ネルフで、貴方達と同じように育てるつもりみたいね」
「それは断る」
仕方ないわねとでも言うように小さいため息をつくと博士は立ち上がって卓上の書類を一枚、手に取る。
「子供も、普通かどうかわからないのよ? 私たちには貴方達から得られた情報と経験がある。無事に育てたいのなら、私たちとの協力は必須だと思うけど」
「育てるだけの協力なら、こちらから頭を下げてでもお願いするさ。でもエヴァのパイロットにはしないし、余計な実験もさせない」
「そこは、線の引きようね。とりあえず、生まれるまで、の期限でこちらの要望を聞いてもらうための書類よ。よく読んで、明日までにサインを。
今、ここででもいいけど」
そういって手に持っている書類を僕に向ける。
1枚に収まっている、というだけで、何が書かれているのかある程度想像はできるけれど、これは慎重にクリアすべき問題だ。結局サインするしかなくても、自棄になってしまえることじゃない。
「じっくり読ませてもらいます」
そういって書類を手に取った。

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