夏休み、お父さんの仕事のせいで、シンジくんはずっと海へ行けませんでした。
やっと連れてきてもらった海は、いつもよりもすこぉし遠い南の方の海でしたが、クラゲがいっぱいで泳げません。

「ちえっ!」

シンジくんは水着も着ないで、海をにらみながら文句を言っています。

「ちえっ!せっかく海にきたのに泳げないなんて、つまんないよ。
くらげーっ、きえろーっ」

海の家ももう閉まっていて、人もほとんど見えません。
しかたないので、シンジくんは浜辺を散歩する事にしました。
波をパシャパシャ踏みながら、貝殻を拾いながら、ずんずん歩いていきます。

貝殻が少しばかりたまった頃、小さな小さな、岩で囲まれた入江を見つけました。
小さな小さな入江には、小さな小さな砂浜がありました。

なんとなく、まわりの海よりも水がキレイなかんじで、貝殻もめずらしいのがいっぱいあったので、シンジくんは半ズボンがぬれるのも気にしないで拾っていました。

どのくらいたったでしょう。シンジくんは、海の中に指輪が落ちているのを見つけました。
青い、海の青よりもっときれいな青色の、キラキラ光るきれいなきれいな指輪です。

「わぁ、すっごいきれいなゆびわ。誰のかなぁ。どうしてこんなとこに落ちてるんだろ?
・・・よしっ、これはボクのものだ。ボクの宝物にしよう」

ハンカチにそれをそっとつつんでポケットにいれると、シンジくんは集めた貝殻を両手に持ってお母さんたちのいるところへ帰りました。

体中ぬれて、砂だらけのシンジくんをみて、お母さんはびっくり。

「どこいってたの?!」

と、シンジくんを怒ります。でも、シンジくんはごきげんでした。
とっておきの宝物を見つけたんですから。

その夜、シンジくんは不思議な夢を見ました。

シンジくんはどこかに気持ちよく浮かんでいました。
誰かが呼んだような気がしたので顔を上げると、まわり中、頭の上まで全部海でした。
シンジくんは海の底にいたのです。
あれ?と思っていると、また呼び声が聞こえます。

「シンジくん!シンジくん!」

それはとても小さい声でした。よーく聞いてみると、

「シンジくん、シンジくん、うみにきておくれよ。あのいりえのはまべでまってるよ」

そう繰り返しいっています。

「誰?」

そう聞いても答えはなくて、ただ繰り返しこう言うだけでした。

「はまべのうみでまってるよ」

目が覚めるとまだ夜中でした。
もう一度眠ろうとするのですが、さっきの夢が気になって眠れません。

・・・そうだ!!

シンジくんはもう一度、あの指輪をひろった浜辺へ行くことにしました。
もちろん、お父さんにもお母さんにもないしょです。
夢の中で言っていたのはそこの事だと思ったからです。
そっと着替えると、シンジくんは泊まっている家を抜け出して浜辺へ急ぎました。

浜辺は静かで暗くて、昼間とあまりに違うのでシンジくんは少し怖くなりました。

「か、帰ろうかな・・・」

そうつぶやいたとき、声がしました。

「シンジくん、シンジくん、」
「だ、だれ?!」

まわりを見渡しても誰もいません。

「シンジくん、こっちだよ、こっち」

声は海の中から聞こえました。見ると、イルカがいます。

「イルカだぁ。どうしてこんなとこにいるの?イルカってこの辺に居ないんだよ」
「来てくれてありがとう。今日はお使いできたんだ。いつもはもっと遠くにいるんだよ。
シンジくん、カヲル王子が呼んでるんだ。一緒に来てくれないかな?」
「カヲル王子?」
「そう、来てくれればわかるよ」
「いいけど、あんまり遠いとお母さんが心配するから、遠くは駄目だよ」
「大丈夫!」

そういってイルカはシンジくんを背中に乗っけると、海の中へと出発しました。

不思議なことに海の中でも苦しくありません。
海の中は真っ暗でした。

「暗いね」
「夜だからね」

しばらく行くと明かりが見えました。

「あそこだよ」

そこは、まるで昔話の竜宮城のようでした。
不思議な大きなお城と、たくさんの魚たち。珊瑚などもあって、それがほんのりと明るく辺りを照らしていました。

「ようこそ、シンジくん。来てくれてありがとう」

出迎えてくれたのは、銀の髪に赤い目をした男の人魚でした。

「王子さまって、お兄ちゃんのことなの?」

シンジくんはびっくりして聞きました。
男の人魚がいるなんて事は、誰も教えてくれなかったからです。

「そう、シンジくんにお願いがあって来てもらったんだ」
「どうしてボクの名前を知っているの?」
「それは内緒。僕の名前はカヲルというんだ。よろしくね」

そういうと、人魚のカヲル王子はシンジくんを中へ案内してくれました。
中もとてもきれいで、他の人魚たちも魚たちも歓迎してくれました。
そして、カヲル王子は一人のきれいな人魚のお姫様に会わせてくれました。
薄い水色の透き通るような髪と、やっぱり赤い目をしたお姫様です。
カヲル王子が

「僕の婚約者のレイだよ」

そう教えてくれます。

「今日は僕と彼女の結婚式だったんだけれど、僕が大切な結婚指輪を失くしてしまったんだ。
皆にも手伝ってもらって探したんだけど、ここにいる貝が君が持っていくのをみたと言うので、こうして君に来てもらったんだ。
シンジくん、もし持っているなら指輪を返してもらえないかな?」

思い当たる指輪は一つしかありません。昼にひろったあの青い指輪です。
シンジくんはこまってしまいました。
指輪はシンジくんもとても気に入ったものです。
できれば欲しいのですが、人の物を盗るわけにはいきません。

"人の物を盗る様な人は泥棒っていって、悪い人なのよ"

そうお母さんに言われていたからです。

「持っていないならいいんだ。もし、指輪の行方を知っていたら教えてほしいけれどね。」

カヲル王子は優しく笑って言います。
その笑顔に、シンジ君はちょっとだけ頬をピンク色にして答えます。

「ボク、指輪持ってるよ。とってもきれいだったんでボクのにしようと思ってたんだ。
ごめんなさい。これでしょ?」

そう言ってシンジくんはズボンのポケットから指輪を出して渡しました。
もったいないなぁ、とは思いましたが、カヲル王子に嘘はつきたくありませんでした。

「ああ、そうだよ。これを捜してたんだ。ありがとう。
シンジくんがひろってくれてよかった」

カヲル王子はにっこりと満面の笑みで礼を言うと、とてもうれしそうに指輪を受け取りました。
シンジくんは少し、悪いことをしたあとみたいな、居心地の悪い感じがしました。
だって指輪を返したくないと思ってしまったのにお礼を言われたからです。

「お礼なんていらないよ。ボクそれ、自分のものにしようとしたんだもの」

でもカヲル王子は言いました。

「シンジくんはこうしてちゃんと帰してくれたよ。
どんな風に思ったとしても、ちゃんと帰してくれたからお礼を言ったんだ。
本当に僕は嬉しいんだよ」
「・・・ごめんなさい」

それでもやっぱりシンジくんは悪いことをしたと思って謝りました。
カヲル王子は、謝らなくてもいいから、お礼に僕たちの結婚式をみていくといいよ、と言ってくれました。
それは、本当に浦島太郎に出てくる龍宮城のシーンのようでした。
他の人魚たちと一緒に魚たちも踊り、貝は人魚たちを飾っています。
お酒がふるまわれ、ごちそうが出てきます。
人魚のお姫様も花嫁衣装を着て、きれいに着飾って、カヲル王子の隣で幸福そうに微笑んでいました。

シンジくんは、お祝いに何かやってと言われて『てんとう虫のサンバ』を歌いました。
前にお母さんがいとこのお姉ちゃんの結婚式で

「やっぱり、結婚式ではこれよね。」

と言っていたのを思い出したからです。
カヲル王子もお姫様も喜んでくれたので、シンジくんも嬉しくなりました。
そして、シンジくんの歌を聞いてみんながはやし立て、歌のように二人はそっと口づけを交わしました。
わぁっと拍手が起きて祝福の声があちこちで上がりました。

楽しいままに結婚式は終わり、シンジくんは帰ることになりました。
本当はもう少し居たかったけど、お母さんが心配していると思ったのです。

「今日は本当にありがとう。指輪と歌のお礼に、これをあげるよ」

そう言ってカヲル王子がくれたのは指輪でした。
ひろったのと同じような、きれいなきれいな指輪。
ただ色がちょっとだけ前のと違っていて、青いのですがもっと深い海の色をしていました。
テレビで見る、外国の海のような、青色。

「あの指輪を気に入ってくれたんだろう?同じ物はないから、これを君に。
別の物の方が良かったらそうするけれど」

そういうカヲル王子に、シンジくんは頭を振って言いました。

「前のもきれいだったけどこれもきれいだし、僕、この色好きだよ。
くれるのならこれがいい」

気に入ってくれてよかった、そういってカヲル王子は右手の薬指に指輪をはめてくれました。
そして、みんなに見送られて、シンジくんは帰りました。
来たときと同じようにイルカの背に乗って。

「ありがとう、ありがとう」

シンジくんはずっと手を振り続けました・・・

気がつくと、朝になっていて、シンジくんは元の部屋にいました。
お父さんとお母さんがいます。

「目が覚めた?顔洗ってらっしゃい」

お母さんが言います。

“夢 だったのかな?”

でも、違いました。
顔を洗おうとしたとき、シンジくんは右手の薬指にカヲル王子のくれた指輪を見つけたのです。
あおい、きれいな海の色の指輪。

「夢じゃなかったんだ!」

シンジくんは部屋へ走って戻ると言いました。

「お父さん、お母さん!!
僕ね、昨日海の中で人魚の王子様に指輪をもらったんだよ!!」

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