昔々のお話です。
この国の神様で素戔鳴尊(すさのおのみこと)というとても偉い神様がいらしたのですが、その子孫に渚馨命(なぎさかおるのみこと)という神様がおいでました。
真っ白い姿に真っ赤な目をした美しい神様でした。
渚馨命には九人の兄弟がありました。皆外見は同じように真っ白なのですが、口ばかりが大きく、性格も意地悪な方達でした。
兄弟の中で渚馨命だけが至極温厚で慈悲深いお方でありました。
ある時兄弟神が因幡の明日香媛と言う美人の噂を聞き、この姫をお嫁にしようと、着飾り、おしゃれをしてお出かけになりました。
しかし渚馨命には見すぼらしい従者の格好をさせ、自分達の荷物を全部持たせて付いて来させたのでした。
それは兄弟神達の嫉妬故だったのですが、渚馨命は少しの文句も言わずに従い、兄弟神達の後をついて行ったのでした。
兄弟神達の荷物を全部持っているので、渚馨命は少しずつ遅れていきます。
しかし兄弟神達は優しい言葉一つかけずにさっさと行ってしまいました。
気多崎(けたさき)の辺りにつく頃にはもう互いに見えなくなるほど離れてしまっていました。
兄弟達の前で、一匹の裸兔が道端に転がってひいひいと泣いていました。意地悪な兄弟神達はそれを見て言いました。
「おいおい貴様は裸じゃないか。この寒さでその格好じゃたまらないだろう」
兔は泣きながらも答えます。
「仰せの通り、寒さと痛さで泣くよりほかはございません」
兄弟神達はわざとらしく肯いて
「そうだろう、そうだろうとも。可哀相だからいい事を教えてやろう。
海に入って潮水を浴び、それから風の吹く所で体を乾かすんだ。そうすればあっという間に治ってしまうぞ」
そう言って行ってしまいました。
兔は教えられた通りに海に入り、風で乾かしました。
しかし体は治るどころか裂ける様に痛み出し、転がりまわるような苦しみでひいひいと泣き叫んでいました。
「痛いよぉ、痛いよぉ、苦しいよぉ、辛いよぉ」
そこへ遅れていた渚馨命が通りかかります。
「君はどうしてそんなに苦しんでるんだい?」
と尋ねました。
兔は苦しくて助けて欲しくて、自分のした事、された事をことごとく残らず懺悔して語り始めました。
「僕は隠岐の島にいたんですが、因幡に渡りたくてしょうがなかったんです。
でも僕は泳げなかったし、どうしようかと考えておりました所、鰐が来ましたので鰐をだまそうと思いつきました。
それで、鰐に君たちの仲間と僕たち兔の仲間のどちらが多いか比べっこしよう、と持ち掛けました。鰐はわかったといって、仲間を沢山集めて来たので、僕は数を数えてあげるよ、といってこの因幡まで橋のように繋がってもらったんです。それで僕は鰐の背を渡りながら数を数えて海を渡りました。
最後の一匹の背から降りる時に僕、旨く騙されてくれたなあって、言ってしまったんです。これで因幡に渡れた、よかったって。
そしたら鰐が怒って、僕の毛皮を全部剥いてしまって、僕は泣いて謝ったんですけど許してもらえなくて。
それで寒くて痛くて泣いておりましたら、白い人達が僕に海に入って風に当たればいいよって、教えてくれて、そのとおりにしたら痛くて痛くて。
……鰐を騙したから、罰があったんだ。でも、でも痛いよお」
渚馨命はそんな兔の様子に心から同情して話をお聞きになると、優しく言いました。
「その白い人達ってたぶん僕の兄弟だと思う。ごめんね、意地悪をされてしまったんだね。謝るよ。
代わりにでもないけど、僕がちゃんと君を治してあげるから」
そういうと兔を海に流れ込むきれいな川辺に連れていって言いました。
「さあ、この清水で海の塩を洗い流してしまうんだ」
兔が体を洗っている間に、渚馨命は近くに生えていた蒲の穂を集めて敷き詰めました。
兔が川から上がってくると
「この蒲の穂の上を転がって、その粉を体に付けるんだ。そうすれば治るから」
そう言いました。
兔はちょっとだけ躊躇しました。もしかしたら、この人も騙そうとしてるのかな、と思ったのです。
でも渚馨命が優しく笑って「さあ」というと、安心して穂の上を転がりました。すると瞬く間に痛みは消えて、薄らと毛が生えてきました。
「うわあ、ありがとうございます!」
兔は本当に嬉しそうに喜んで飛び跳ねています。
渚馨命はそんな兔の様子を目を細めて見ました。
裸の時も思っていたけど、薄らと毛皮の生え揃い始めた今見ても、この兔は、とても可愛いいなあ、と。
「ありがとうございます。本当に、本当にありがとうございます」
渚馨命の手を握り嬉しさで顔をくしゃくしゃにして兔はお礼を言います。
「先ほど御兄弟方は明日香媛の事を言っておいででしたけど、明日香媛があの方達を選ぶ事はないでしょう。
明日香媛を得られるのは貴方ですよ」
渚馨命はそれを聞いても特に嬉しくはありませんでした。もともとその明日香媛には興味はなかったのです。兄弟神達が行くというので付き合っただけなのです。
それより今は目の前の兔のほうに興味がありました。
「もう、痛くない?」
渚馨命が微笑んで尋ねます。何も知らずに兔は答えます。
「まだ少し、ヒリヒリしますけど、先程に比べたらぜんぜん大丈夫ですよ」
「どこら辺がヒリヒリするの?」
「え? あの、この辺りですけど…?」
兔が示した辺りに渚馨命は口付けて優しく舐めます。
「あ、ん…あ、あの? 何を…?」
困惑した目で自分を見る兔に渚馨命は笑いかけて
「もっとちゃんと治してあげるよ。僕がね」
そういうと蒲の穂の茂みに兔を押し倒してしまいまいした。
「君の泣いてる様子もとっても可愛かった。今度はあんな風じゃなくナかせてあげるよ。
ああ、本当に、可愛い兔だね・・・・・・・」
その頃。明日香媛の所についた兄弟神達は、吾こそはと求婚を迫りましたが媛は知らんぶり。
それでもその美しさに兄弟神達は物や金で一生懸命釣ろうとしました。
そのしつこさに明日香媛はとうとう切れて
「あんた達、うるさいわね! だぁれがあんた達となんか結婚するもんですか! どっか行っちゃえ!」
そう言って兄弟神達を投げ飛ばしてしまいました。
「ふん! 私の理想はもっと高いのよ。あ〜すっきりした」
そういって媛は行ってしまいました。
おしまい