馬鹿なことしてるなーって言ってる自分がいる。でもなんだか妙に胸がざわついて、治めるには実行したほうがたぶん早いって思ったから。
カヲル君の部屋で、こっそり取ってきたミサトさんの口紅を僕は塗っている。自信はないけどあの時塗られた色じゃないかなと思う。
正直自分で口紅を塗るなんてしたことがないから手つきはモタモタだ。記憶となんとなくの知識で小さな筆で唇に色を置いていく。鏡を見ながらじゃないと塗れないからこうして見ているけど、自分の姿を目にするのはかなり気恥ずかしい。一生懸命、自分と目が合わないようにしながらだからか、すごく時間がかかった。
きれいに塗れてるかわからないけど、はみ出してはない。あの時に比べてちょっとテカリ具合が足りない気もするけど、これが精一杯だ。
赤い唇。
やっぱりなんか変な感じ。あの時は化粧もしていたからかな。ちょっと印象が違う。

「よし」

そうしてベッドの上に置いていたカヲル君のシャツを手に取る。その胸元。ポケットよりは少し内側。ゆっくりと近づけて唇を押し当てる。数秒そのままにして、ゆっくり離す。
赤い跡。
そういえばネルフに来いって言われた時のミサトさんの写真にキスマークがあったなと考える。
今僕がつけた跡はあれほど綺麗にはつかなかった。口紅を塗った唇はぺたっとしているのにこうして跡を見るとなんか皺しわで変だな。
そう思ったらなんか急に今まで何とか押し込めてた感情が出てきちゃって思わず突っ伏してしまう。

「・・・あー馬鹿だ。何やってんだよもう・・・」

自分でもよくわからない。別に僕は浮気相手でもないし、こんなことをしたからってカヲル君の所有権を主張できるわけでもない。わかってるのに。

「シャツ、洗わなきゃ。あっ、とその前に口紅落とさなきゃ」

シャツを手にして立ち上がったとき。

「ただいま」

カヲル君の部屋はワンルームだからドアを開けたらすぐに僕と顔をあわせる格好で、僕はカヲル君を見て硬直する。カヲル君も何かびっくりして僕を見ている。

「・・・シンジ君? 何して・・・」

うわ、だめだ。
カヲル君の脇をすり抜けて逃げ出そうとしたけど、カヲル君は僕の腕をつかんでしまう。

「離して」

そういって暴れるけど両腕を取られてドアに押し付けられてしまう。

「シンジ君。何もしないから、落ち着いて。逃げないで」

そういわれてとりあえず動きはとめた。でも顔を見られなくてうつむく。顔っていうか口紅を塗ってるのを見られるのが恥ずかしかった。自分がしたことなのに。

「顔上げて?」

首を振る。恥ずかしい。いやだ。

「ねぇ、僕に見せてよ」
「見てどうするのさ」
「どうもしない、っていうか見たいだけだから」
「見ても面白くないよ」
「見てみないとわからないよ」
「だって変じゃないか」
「見てないからわからない」
「・・・・・・」
「見せて?」

カヲル君の声が優しかったから。ゆっくりと顔を上げた。
しばらく僕の顔を見て

「似合うね」

そういって笑う。
緊張とびっくりしたのといろんな混乱でいっぱいいっぱいだった僕はそれで零れる。泣いてるってほどじゃないけど涙が視界を滲ませる。
自分でもよくわかってない行動。気持ち。今でもよくわからない。でもザワザワしてどうしようもなくて実行してしまった。
それをカヲル君は受け入れてくれて、もしかしたら、僕以上にわかってくれたかもしれない。
涙を拭って顔を上げる。

「カ、カヲル君、僕・・・」

ただこぼした言葉はそこで終わって、カヲル君が僕の口を塞ぐ。

僕らの間で口紅は滅茶苦茶になってて、お互いの顔を見て大笑いした。

お題サイト「インスタントカフェ」様
それとも→茶色の長袖→箱売り娘→「くちづけ落札」

シンジに似合う口紅の色って何色だろう・・・?

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