学校からの帰り道だった。
カヲル君と二人で帰るのはいつものことで、ずっと一緒にいるのに話題は尽きない。
とは言ってもずっと話しているわけじゃなくて、沈黙してても苦痛じゃないってことなんだけど。
会話のふとした切れ間にカヲル君が言った。
「ねえ、シンジ君。“パップラドンカルメ”って知ってる?」
「え?ぱっぷら・・・?」
「パップラドンカルメ」
「何?それ」
「未確認お菓子物体なんだけど」
「みかくにんおかしぶったいって、そんなのあるの?」
「さあ?僕も見た事あるわけじゃないから。
でもずっと頭の中に残っててね、何となく気になってたんだ。
シンジ君なら知ってるかなと思ったんだけど」
「ごめん。知らないや。
お菓子物体ってことは、やっぱり食べられるの?」
「そうみたいだね。
えっとね、白くって四角くてぷわぷわしてて、
それでメロンみたいでバナナみたいな味がするって・・・」
「何それ?!変なの。そんな食べ物、聞いた事ないよ」
「うん、だから僕も一度食べてみたかったんだ。
でもシンジ君も知らないとなると、本当はそんなのないのかもしれないね」
カヲル君がそういう風に何かを欲しがる事は滅多になくて、
だから僕はその「パップラドンカルメ」を探してみようかなと思った。
でもいろんな所へ行ったけれど、そんなものは売ってなかった。
どんなお菓子か僕も全然分からないから説明の仕様がなくて、
「本当にお菓子なの?」なんて言われたりもした。
和菓子洋菓子、専門店、駄菓子屋、デパートの売り場。
思い付くだけのところを探してみたけれど、手がかりさえ掴めなかった。
「ふうーっ」
「どうしたんや?珍しいな、ため息なんかついて」
机に突っ伏してたらトウジが声をかけてきた。
あんまりにもパップラドンカルメが見つからなくて、ちょっと疲れてたから
この際誰でも言いから助けて欲しかった。
理由を聞かれたら困るな、と思いながら僕はトウジに言う。
「うん、探してるものがあるんだけど、全然見つからなくって」
「探し物って何やねん」
「トウジは知ってるかな?パップラドンカルメって言うんだけど」
「ああ、知ってるで。 マシュマロみたいでバナナみたいでメロンみたいでっていうめちゃくちゃなやつやろ?
ピンクでどら焼きみたいな」
あっさり答えが帰って来て僕はびっくりするというか拍子抜けするというかぽかんとしてしまう。
でも、カヲル君から聞いたのと違う?
「え?でも白くて四角いって聞いたんだけど」
「ああ、そう言われとるけど噂だけで、本当に見た事ある奴なんておらんちゅう歌やったで」
「うたあ?!」
「な、なんや、知っとったんとちゃうんか?」
「歌だなんて知らないよ、ただそういうお菓子があるって」
「ほなそいつにからかわれたんと違うか?
子供向けの歌やで、パップラドンカルメて」
「じゃあ、そんなお菓子ないんだ」
「ないやろうな」
「(がーーーーーん)」
カヲル君の事だから、からかうとかじゃなくて知らなかったんだと思うけど、
パップラドンカルメが実在しなかったというのは結構ショックだった。
今まであちこちのお店で聞いたのは何だったんだ?!
何より、お店の人がパップラドンカルメが歌だという事を知っていたとしたら、
僕のことをきっと呆れて見ていたのだろうという思いがして恥ずかしくなる。
僕の様子をどう取ったのか、トウジは外の映像を撮っていたケンスケに向かって声をかけた。
「なあ、ケンスケ!」
「なに?」
「お前歌えたよな?パップラドンカルメの歌」
「ああ。“うわさによれば〜♪”ってやつだろ? あのこもこの子も噂してるけどどこにも売ってない、いろんな味がするらしい未確認お菓子物体」
「そや。シンジが知りたいんやて」
「いいけど、そんなの聞いてどうすんのさ」
「・・・どうもしないよ。僕はそのお菓子が欲しかったんだ」
「ただの歌だぜ?あるわけないじゃないか。
それにあれ、結構滅茶苦茶な内容だし。
歌と一緒にパップラドンカルメっぽい絵もあったけど、全然内容と違う形だったよな?」
トウジに確認するようにケンスケは言った。
かなり懐かしいものらしく、二人で“ああだった、こうだった”って盛り上がってる。
もう僕はそんな会話も耳には入ってなかった。
別にいいんだけど、どうしても欲しかったわけじゃないし。
ああ、でもカヲル君には教えないと。パップラドンカルメって歌だったんだって・・・
「なんだよ?そんなに欲しかったのか?シンジ。
でもなあ、これが近いってお菓子も思い付かないし。
・・・ああ、それだったらシンジが作ってみるってのはどうだ?
どんな感じのものかは教えてやれるからさ。歌通りのお菓子にしてみればいいじゃないか」
ケンスケがものすごく楽しそうに言った。
急にそんな事を言われて僕は目を白黒させる。
トウジも手を叩いてそれに応じる。
「それいいな。わしも食ってみたい。作ってみいひんか?
んでわしらにも分けてくれ」
「ええ?そんなの無理だよ」
でも、もし本当にパップラドンカルメが作れたらいいな、とは思ったんだ。
もうすぐカヲル君の誕生日だったし、プレゼントしたら喜んでくれると思ったから。
カヲル君も食べてみたいっていってたし、失敗作はトウジ達にあげればいいんだから。
そんな風に考えてしまった。
ケンスケに聞いたパップラドンカルメは本当に変だった。
真っ白で四角くて、プリンみたいな味で、ケーキみたいな味で。
マシュマロみたいでポップコーンみたいで、バナナみたいな味でメロンみたいな味。
そしてどら焼きみたいな形で顔みたいになっているらしい。
(口があってピアノの鍵盤みたいな歯もあるんだって。お菓子じゃないの?)
そんなの到底作れるわけない。だからいろいろ考えてみた。
カヲル君に食べてもらいたい。
それだけが理由。
パップラドンカルメ、ていうんだからカルメ焼きかな?と思う。
カルメ焼きは、ザラメを煮詰めてふくらし粉を入れて膨らませるだけだ。
ポップコーンみたいっていうのはこれで説明できるかもしれない。
でもマシュマロみたいに柔らかいのだとも言うし。
マシュマロは確か、溶かした砂糖とゼラチンだか寒天だかとメレンゲで作るはず。
ああ、でもプリンでケーキでバナナでメロンな味ってどうすればいいんだろう・・・
四苦八苦して、たくさん失敗して。
アスカに部屋が甘ったるい!と文句を言われ、トウジとケンスケのおなかをこわして。
やっとの思いでパップラドンカルメもどきは形になった。
カヲル君の誕生日は日曜日で、僕はケーキやもどきとプレゼントを思って部屋を訪ねた。
パップラドンカルメは最後にとって置いて、プレゼントを渡してケーキを切る。
「お誕生日おめでとう!カヲル君。
今日、カヲル君が生まれたんだね。なんか不思議な感じがする」
「そう?自分じゃよくわからないけどね、誕生日なんていわれても。
生まれた時のことを覚えてるわけじゃないし」
「僕だって。でもやっぱり特別な日でしょ?誕生日だもん」
二人の間にあるものが違うだけで、いつもとあんまり変わらない気はしたけど、
でもなんだかカヲル君が生まれた日って思うだけで嬉しくなった。
そして。
「今日はね、もう一つプレゼントがあるんだ。
気に入ってくれるかどうか分からないんだけど・・・」
そう言って僕は“パップラドンカルメ”を出す。
結局、どら焼きの皮のような柔らかしっとり目のスポンジの中に、バナナや果物をクリームと一緒に挟んで、
表面に砂糖をまぶして焦げ目をつけて固くするという、全然違うものになった。
それでも食紅でピンクにして(これはケンスケがうるさかった)クリームで目も描いてある。
見た目だけでもパップラドンカルメに近づけようと努力はしたんだ。
それをカヲル君の目の前において、僕は説明を始めた。
「カヲル君、前にパップラドンカルメを食べたいって言ってたでしょ?
でもそれって本当にはなくて、子供番組の歌だってことがわかったんだ。
だけど僕、カヲル君にパップラドンカルメを食べて欲しくて、
全然違うものなんだけど、作ってみたんだ。パップラドンカルメ。
良かったら、食べてみてよ。まずくは、ないと思うから」
カヲル君は僕のパップラドンカルメをしばらく黙って見て、それから僕を見た。
「これ、シンジ君が作ってくれたの?」
「うん。嫌だった?」
恐る恐る聞いてみる。
そしたら。
カヲル君はにっこりと笑ってぶんぶんと首を振った。
「嫌なわけないじゃないか!嬉しいよ、パップラドンカルメ食べたかったんだ」
「あ、でもそれ本物じゃないよ。あのそれっぽく作っただけ」
「でも、本物はないんだろう? だったらこれがパップラドンカルメだって言っても構わないよ」
そういってカヲル君はものすごく嬉しそうにそれを口に運んだ。
「おいしい!!
すごくおいしいよ、シンジ君。柔らかくって甘くって、ちゃんとバナナも入ってる」
それを聞いてやっと僕はほっとした。
トウジとケンスケにいくらOKを貰っても、カヲル君の反応が1番大事だったから。
僕も1個に手を伸ばす。自分でも食べたけど、まずくはない、てことしか思えなかった。
でも今はカヲル君がおいしいっていってくれたからか、ちょっとはおいしく思えた。
ちゃんとしたお菓子だったら、上出来ってくらいに自信を持って作れるんだけど。
「そっか、こんな歌だったんだね。
僕もはっきり覚えてたわけじゃなくて、パップラドンカルメって言葉とイメージだけだったから。
調べるの、大変だっただろう?」
「うーーん、でもケンスケが詳しかったからそんなでもなかったよ。
結構有名な歌みたい。僕は知らなかったんだけど、委員長とか他にもクラスの子は結構歌えてた。
僕、小さい頃の記憶ってあんまりないんだよね」
「僕も遊んだ記憶はないな。でも小さいときに幸せだったらその記憶は残らないって言うし、
記憶がないのはいい事かもしれないよ?」
「そうかな?」
「そうだよ」
カヲル君に喜んでもらえたから、お店を回った事も、歌だって知って恥ずかしかったことも
全部嬉しい事に変わってしまった。
人間の記憶なんて、曖昧で簡単で、都合のいいものだなって思ったけど、
カヲル君が笑ってくれて嬉しい気分になれるんだから、それでいいやと思う。
「これは、がんばってくれたシンジ君に僕からのお礼」
そういってカヲル君は不意打ちでキスをした。
唇を舐めてみたら、すごく甘くって、パップラドンカルメの味がした。
「来年の誕生日にもパップラドンカルメ作ってくれる?」
「うん。いつでもつくるよ。カヲル君のためだもん」