その塔のてっぺんには、ひとりの少年が住んでいるといわれていた。
もうずっと、生れてすぐからずうっと、そこで暮らしているといわれていた。
狭い、ろくに家具もない部屋で、本や音楽や、人を知らずに住んでいると。
それはその少年が「贄」であるためだと。

この国の神は「贄」を求めるのだというのは公然の秘密で、
誰もが、いつか自分の子が「贄」になるのではとびくびくしていた。
その少年が本当にいるのか、誰の子なのか、確かな話は何もない。
ただその塔は代々王によって管理され、衛兵が常に見張りに立っていたから
もっともらしく噂は流れるのであった。
ただ、その少年がいる限りは、自分達が「贄」になることはないので
人々は安心していられたのだった。

トウジは衛兵になってまだ2年だ。
12の年から城に仕え、子供ではあったけれど、ずっとまじめに勤めていて上司の覚えも良かったから、その任務をまかされることになった。
塔の上に住む人に、3度の食事と着替え、湯浴み用にお湯を渡す事。
それが仕事だった。
一切、口を開いてはいけないというのが命令だった。

塔の住人の噂は聞いていた。
どんな人が住んでいるのだろうという興味はあった。
一緒に任に就いているカジと、食事を運ぶ。
大きな扉が付いてはいるけれど、食事はその真ん中にある小さな扉から給仕された。
カジはずっとこの仕事をしているらしく、淡々と事をこなした。
結局トウジは、その部屋の主を見る事はできなかったけれど、
食器を受け取った白い、細い腕を見た。
少年、なのか、少女、なのか、わからない腕だった。

姿を見たのは、湯浴み用のお湯を渡したとき。
桶いっぱいのお湯は、流石にその小窓からは入れられない。
カジが見張り、トウジはドアを開け、中の盥にお湯を張った。
中にいたのは、黒髪に黒い瞳の細い細い少年。
ただ切ったといわんばかりの髪は、わずかに肩に触れていた。
自分と年は似たようなものだろうか?
少年は無表情で虚ろな瞳でトウジの作業を見ていた。
その部屋は、窓はあるものの、後はベッドと小さなテーブルと椅子しかなく、気を紛らわせるようなものは何一つなかった。
窓はあっても外に出た事がない為か、少年はとても白い肌をしていた。
服はこざっぱりした簡素なもので、自分達とあまり変りはしなかった。

お湯を貼り終えてトウジは思わず「あの、」と声を掛けてしまった。
少年が首をかしげるようにトウジを見、カジが頭をこずく。

しゃべってはいけないんだった。

そう思い出してトウジはさっさと部屋を退出した。
一瞬だけ自分を見た少年の顔が、何故か頭に焼き付いた。
塔を降りながらトウジは聞いた。

「なんでしゃべったらあかんのですか」

「あの子には言葉を教えてはいけないんだと。
お前も神官の説教は聞いてるだろう?言葉は神の贈り物である一方で、その力ゆえに人の世に災いをも齎したって。
だからあれは言葉を知ってはいけないって聞いたぜ」

「せやったら、やっぱ神さんの生け贄にされるんですか?」

「ああ?そうなんじゃないか。別に構わないだろう。誰かがなるんだ。
自分や知り合いじゃないだけましだろう?」

「そりゃ、そうかもしれんけど・・・」

「ついでにあれには名前もないんだと。だから人間じゃないんだってお偉いさんが言ってたぜ」

「そこまでせなあかん事なんですか?」

「さあな。でもこの国が長い間平和なのはそういう犠牲が会ったお陰なんだろうさ」

今の王には王妃と王女が一人いるが、この王妃は王にとって二人目の妻だった。
最初の王妃はずいぶん前に亡くなっている。
王はそれはそれは彼女を愛していたが、彼女は酷い難産で、子供を産み落とすと息を引き取った。
生まれた子供も数日のうちに亡くなり、結局王は家族を失った、ということになっていた。

真実を知るのは王と最高神官の二人だけ。

生れたのは男の子で、生きていれば王位継承者として大事に育てられているはずだった。
王は、子供よりも妻の方が大事だった。
この子のせいで愛する妻は死んだのだと、思ってしまう。
子供を、床に叩きつけようとしているところを見咎められたこともある。
王はどうしても、どうしても子供を認めることができず、神官と相談して「贄」にすることにした。
王子としてではなく、どこの誰か知らぬ贄として塔に閉じ込めることにしたのだ。
乳母を一人だけ付けて王子は死んだことにしてしまった。

その子は神殿からの祝福ももらえず、名前さえ与えられずにその小さな部屋で過ごした。
それでも乳母が生きていた頃は、ごく普通の生活だった。
だが3歳のときに乳母が死んでしまうと、その後はずっと一人で放っておかれた。
最初の頃は泣き喚きもしたけれど、誰もドアを開けて入ってくる事はなく、子供は次第にその状況を受け入れ始める。
話す相手がいなくなって言葉を口にする事もなく、笑う事も泣く事もなくなっていった。
いつも窓から外を眺めていた。

子供は、何も知らずに育つ。
ただ与えられた食事を食べ、着替え、眠り、何もしないときは外を眺めるだけ。
不満を思うことすらなく、その小さな部屋だけを世界のすべてとして暮らしていた。

贄は、王の在位中に一人でよい。
無垢なる魂が贄となるため、王は王位に就くと同時に赤子を一人選んで塔に閉じ込め贄とする。
大抵は貧しい家から大金と引き換えに貰い受ける。
贄は14歳で神に捧げられる。
儀式と共に。

その日、トウジ達はもう食事は持って行かなくてもよいと言われた。
お前達の仕事は終わったのだと。
数日の休暇の後に、他所の警備の仕事に就くようにとの命令だった。
それがどういう意味か、考えなくてもわかる。
あの少年が、贄として殺される。
トウジは心がとても痛んだけれど、自分の身を危険にさらしてまで連れて逃げる気にもなれなかった。
トウジは休暇の間、近くの小神殿に行き、少年の為に祈った。
この国で、その少年の為に祈ったのは、トウジ一人きりだった。

贄に求められているのは、無垢な魂。どんなに汚されても曇らない心。

少年はいつもは開かない扉が開いていくのをぼんやりと見た。
3人の男が入ってきたが、少年は何の感心も示さなかった。
それでも少しは戸惑いや恐怖というものを感じていたのか、表情は硬いようにも思えた。
だが、そんな僅かな差など、その男達に分かるはずもなかった。
2人の男が少年を腕を捕らえる。
乱暴に髪をつかみ顔を上げさせる。
すこし怯えた顔をしながらも、声一つ上げずに少年はもう一人の男を見た。
少年の事を知る者、最高神官であった。
引きずるような長い袖から見えた手には小さな銀のナイフが握られていた。
そして直接少年に触れる事がない様に細心の注意を払って少年の額に不思議な文様を刻んでいった。
それは神との契約の印で、すべてを刻んだ後に聖水を振り掛けるとすうっと消えた。
そして携えていた小箱から杯と瓶を取り出すと、少量を注ぎ少年にすすめる。
少年は、逆らうことなくそれを受け取りゆっくりと飲み乾した。
杯が落ちる。
がくりと少年の体も崩れ落ちる。
2人の男はその体を布で包むと担ぎ上げた。

儀式が始まる。

少年が次に目を覚ましたとき、そこは冷たい石の部屋だった。
少年の体は濡れており寒さに体を震わせた。
薄い布を纏ってはいたが、それも濡れていたので意味はなかった。
少年が気を失っている間に禊をされていたのだが、そんなことはどうでもよかった。
またそこは神殿地下の石牢だったが、そんなこともどうでもよかった。
少年の両手は鎖で戒められており、少年は膝を突いた状態で拘束されていた。
がしゃん、と檻が開き、4人の人影が入ってくる。
薄暗くて顔は判別できなかった。
もし見えていたとしても少年が見た事のない顔ばかりだった。
唯一神官だけ先程見たが、それ以外はそれが父親である国王であっても少年には関係なかった。
誰も一言もしゃべらないままに事は進んでいった。

2人の神官が少年を挟むように前後に立った。おもむろに少年に口付ける。手は薄布の下へと滑り込み胸の突起をいじった。びくん、と少年の体が硬直する。何をされているのかわかっているわけではないが、今まで経験した事のない事をされて恐怖がその顔に浮かぶ。後ろから伸びた手は少年自身に触れてゆっくりと動く。びくり、と再び少年が震えた。少年にとってはそんな風にされる事はまったくはじめての事だった。だが、長い間声を出す事の無かった声帯は震え方をも忘れたのか、声一つ上げはしなかった。

2人の男はそのまま少年の体を愛撫する。首筋から胸へと舌で舐め、背中をゆっくりとなぞる。少年の体は大袈裟なくらいにびくんびくんと痙攣した。何をされているのかわからず、体が変になっていくことに怯えて頭を振り逃げようとする。が、鎖で拘束されている上に前後を挟まれてはなす術が無かった。心臓がものすごい速さで走り、息が苦しくて荒くなる。そしてその手によって少年にとってはじめての絶頂が与えられた。ひゅっと音を立てて息を吸い込み、がくりと体の力が抜ける。ぜえぜえと肩で息をして呆然としている少年に再び手が纏わりつく。

ぬぷと指が後ろに浸入する。もう何をされているのか知覚する事すらできていない様だった。少年の放ったものでぐちゃぐちゃとそこを広げていく。もう一人は変らず少年の口の中を嘗め回し、前に指を絡めていた。しばらくして男はおもむろに少年の中へ付きいった。慣らしてはあっても衝撃は消せなかった。背を反り返らせ体中に力を入れて固まる。それを無視して男は動いた。鈍い痛みがそこに走る。そのままじんじんと痛みは残りつづける。出血した為か動きは滑らかになったが少年は朦朧としていた。そしてしばらく揺すると男は少年の中に吐き出した。

2人の男がかわるがわる少年を嬲る。少年の口にねじ込みその顔を汚し、何度も何度も付きいれて吐き出した。2人が疲れてきた頃、それまでただ眺めていた影が一つ動いた。それを見て二人は離れる。影が、すでに手首だけで体を支えている少年の腰をつかむと、もうぐちゃぐちゃに濡れているそこへ付きいる。少年は小さく痙攣したものの、もう筋肉には僅かの力も残っていない様だった。そのまま影は少年を紙屑のように扱った。それを人間だとは微塵も思っていないとでもいうように。咥えさせてももう動かない舌を無視してその頭を動かし何度も出した。体中が汗と粘液でどろどろになっても止めなかった。

それから、ずっと4人は少年をかわるがわる突き通していった。一人、神官だけは、その体に触れる事をせず、その口に出すだけだったけれど、残りの3人は獣のように少年にくらい付いていた。

もう早いうちから少年は意識を手放していた。動く事のない体を人形のように扱う。何度も何度も何度も。その手首はもう肉が擦れ血だらけで、一部はもう骨まで見えていたけれど誰もそんな事を気にはしなかった。柔らかい皮膚は擦り切れて血がにじんでいるし、乾いた血が割れてまた血を流し、傷はどんどん深くなっていたけれど、そんな事も誰も気にしなかった。相手を気持ち良くしようなどという気はまったくなく、自身が気持ち良くなろうという気もない行為だった。ただその少年をどろどろに汚す為だけの行為だった。

ドサッ、とその体が床に投げられたとき、もう少年は虫の息だった。辛うじて生きていたがこれ以上、何をされてももう彼の命は消えてしまいそうだった。

それでも彼らは少年を人としては扱わなかった。そのまま抱えると外へと連れ出す。

神殿奥の、儀式のときにしか開かない部屋の台の上に少年は横たわっていた。
体は綺麗にされていたが傷の手当ては申し訳程度でしかなく、虫の息である事は変り無かった。
薄く、まぶたは開いていたが、もう何も見てはいなかった。
神官が、少年に聖水を振り掛けている。頭から胸、両腕、両足、そして心臓の上で止まる。
そして何事か呪文のような言葉を詠じて一礼するとそのまま部屋を出ていった。

残されたのは、少年だけ。

少年は、もう空っぽだった。
何も無かった。
もともと何も無かったのだけれど、それでもあった淡い形はもう粉々に砕けていた。
その空間には、他に誰もいなかった。
だが、少年の瞳には一人の少年が映っていた。
銀の髪に赤い瞳。麗しく凛々しい姿。
笑っているその姿を見て、少年も微笑んだ。
その人にすがっても良いのだと、無意識で理解した。
その人が迎えだと、無意識で知った。
それがこの国で神と呼ばれているものだった。
神は少年に手を伸ばす。
少年もその手を取ろうと腕を上げる。
上がったのは見えない腕。
神は、その腕を取って少年を引き寄せるとぎゅうっと抱きしめた。
少年はその腕の中で笑っていた。
そして二人は消えた。

翌朝、部屋を開けた神官は、贄に着せていた布だけが台の上にあるのを見た。
少年の体はどこにもなかった。
贄はいつもそうやって消えるのだった。

神官は、この国のこの贄というやり方が正しいとは思っていなかった。
だが、それがこの国を守っているのだと言うことも、良く分かっていた。
彼はもう二度と、自分の在位中に贄を捧げる事はないことに、心の底から安堵した。
深い、深いため息を吐いて、その部屋の鍵を掛ける。

ここは開かずの間。
贄を捧げるための部屋。
開かない方が良いのだ。


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