「僕は、君に逢うために生まれてきたのかもしれない」
そう言ってカヲルくんは微笑んでくれた。
僕は頬が赤くなるのがわかった。
「触れても、いいかい?」
小さな問い。
「え?」
「君に、触れても良いかなって聞いてるんだけど?」
「え、そ、その、別に、いいけ、ど」
僕が上体を起こすと、カヲルくんはベッドから降りて僕の側に膝をついた。
両手で頬に触れてくる。
僕は体を硬くして目を閉じてしまう。
恥ずかしくて顔を見られない。触れられている頬が熱くて、心臓がドキドキする。
緊張して僕の体は力が入りっぱなしだ。
「本当に、一時的接触を極端に嫌うね、君は。そんなに力まなくても、別にとって食いやしないよ?」
「別に、嫌ってるわけじゃないけど。な、慣れてないんだ。こうゆうの」
「僕も慣れてなんかいないよ。こんな風に誰かに触れた事も、触れられた事もないから」
「・・・そうなの?」
「シンジくんは、温かいね」
「カ、カヲルくんも温かいよ?」
「君と変らないかい?」
「うん・・・同じだと、思うよ」
「そう」
そう言ってカヲルくんは笑った。
カヲルくんが笑うと、僕の心臓は跳ねてしまう。
なんでだろう。
「・・・抱きついてもいい?」
「え?」
聞き返す間もなくカヲルくんの腕が首にまわる。
「え? え、ええ?!」
頭はパニックして僕はわたわたするだけで、どう対応すれば良いのか考えられない。「・・・体温って、気持ち良いよね」
「か、カヲルくん。あの、あの、僕、ちょっと、困るんだけど、」
「どうして?」
「どうしてって、あの、その・・・」
「ごめんね。しばらくで良いから、こうしていてくれるかい?」
「え? う、うん。別に、いいんだけど・・・」
僕はただされるがまま、固まったまま。何とか頭と心臓を落ち着かせようと必死だった。
「・・・僕には、君みたいに話すことはほとんどないんだけどね・・・」
ぼそりと、カヲルくんが話し始める。
カヲルくんの声が、体に響く。
「実際に見た場面なのかテレビとか映像だったのかわからないし、細かいところも覚えてないんだけど、小さな男の子がお父さんに叱られていたんだ。
すごく泣いてるんだけどお父さんは黙って見てる。
そのうち子供がゆっくり泣き止んで、お父さんが何か言った。
子供は小さくうなずいて、お父さんはその子をぎゅって抱きしめたんだ。
・・・・・・ただそれだけだったんだけど、視界がぼやけてきて、
どうしたんだろうって思ったら泣いてた。
その時は泣くって事が全然分かってなくて、何で目から水が出るんだろうって思ってたんだけど、とにかく何か息苦しい感じがした。
どうしてそんな気持ちになったのかわからなかった。
でも、そんな風に変になったのはその時だけだったから、僕はすぐにそれを忘れてしまった。
ずっと、忘れてた。
でも、さっき湖で君と会って、水辺を一緒に歩いているときに思い出してね、わかったんだ。
僕には、あんなふうに抱きしめてくれる腕はない。
今までもこれからも、誰も抱きしめてはくれないって、そう思ったから、僕は泣いたんだって。
羨ましかった、のかな?
違うな、ただ寂しかったんだ。
僕にあんな腕がないという事実が、ただ寂しかった」
「抱きしめて欲しかったの?」
「・・・・・・そう、なるのかな・・・」
「わかる、気がする。僕も、誰かの腕がずっと欲しかった、から」
「誰の?」
「・・・・・・わからない」
「本当に?」
カヲルくんの問いが心をつつく。
「・・・わからないよ」
僕の答えに小さくため息をついてカヲルくんは言った。
「そう、だったらいいんだ」
気がつくと、僕はカヲルくんの背中に手を回していた。
しがみ付くように、くしゃくしゃにパジャマを握り締める。
僕の望んだ腕は、カヲルくんじゃないはずだ。
だって彼を知る前からずっとそれは心にあったものだから。
でも、今こうしてカヲルくんに抱きしめてもらって、僕は十分に幸福だと思う。
嬉しい。嬉しくて安心する。
そして、自分の腕の中にカヲルくんがいることが嬉しかった。
抱きしめて欲しかった。そして、誰かを抱きしめたかった。
こんな風に、誰かと互いを必要としたかった。
涙が流れていた。自分の望みがわかった気がした。
それは、自分が、欠けているのだと教えてくれた。
「どうして泣くの?」
「・・・・・・・・・カヲルくんは、ずっと、ずっと一人だったの?」
「どうして?」
「だって、カヲルくんには抱きしめてくれる腕がないって。今までもこれからもないって言ったから。
ずっと一人は寂しいよ。
寂しいと、思う」
「一人だったわけじゃないけど、誰も抱きしめてくれなかったね。でも今は君が、こうやって僕を抱きしめてくれたから、もう十分なんだよ」
「そんな言い方、良くないよ。これからだっていくらでも、カヲルくんが望むのならこうしてあげられるのに」
「ありがとう。
・・・・・・今日はこのまま寝ようか?」
「え?!」
「互いの温もりを感じながら。気持ちいいだろう? それとも熱いかな?」
「それは、エアコンも効いてるし、大丈夫だけど・・・」
「だったらこうして一緒に寝よう」
「・・・・・・うん。いいよ」
寝られそうにない気がするけど、本当は僕もカヲルくんの温かさをずっと感じていたかった。
でも自分の口からはそんな事言えないのは十分わかってるから、カヲルくんがそう言ってくれて本当は嬉しかった。
嬉しかったんだと、ちゃんと言っておけばよかったと後悔する事になるなんて、
このときの僕には予想できるはずもなかった。