最初ははっきりしなかった。何もかも。
ぼんやりと頭に浮かんだのは感嘆詞。
それに意味があったのかは、自分でもわからない。
まず寒さを感じた。
それからむき出しの土の色。
遠く地平線までまったく変化のない、整地されていない地面。
その時に「そう」と思っていたわけではない。ただ、今再構成される情報はその後得た情報に左右される。
生命の発するどんな音もせず、遠雷だけが空間を満たしている。
空は暗く、地を覆うほどの雲が気味悪く流れ、大気は何かを待つように動きを留めていた。
渚カヲルとしての(正確にはタブリスだ)自我の最初にある風景は、
次第に高さを増し自分へと収束しようとする、赤い水の壁を認識した所で途絶えている。
そしてそれが、僕の「誕生日の風景」だった。
気配という点で、今の世界は煩かった。
物理的に聞こえる「音」ではなく、そこに存在する生命が発している振動。
集中すれば細胞一個一個の音さえ聞こえるだろう僕の耳には(正確には耳ではない)正直きついものがあった。
僕の誕生日とされている、西暦2000年9月13日。
あの日の南極は、僕の知る中で一番静かな場所だ。
それは無生を意味するものではあるが。
それからはずっと騒がしい日々だった。
彼に、会うまで。
夕日が映える湖で、彼の気配を感じた時、潮が引くように周囲の音が消えていった。
消えたというよりは、感知レベル以下の存在になったと言うべきだろう。
彼の音しかしなかった。
それからはもう、どんなに遠く離れても彼の気配だけが際立って聴こえて、それが逆に静寂を感じさせる。
本当に、こんなに静かなのは久しぶりだ。
どうしてなのか考えて、共鳴、という可能性に思い当たる。
僕は、彼によって強く揺すぶられているのかもしれない。
揺り動かされて返す振動は大きすぎて、他の音を弾き飛ばしている。
だとしたら、ヒトである彼と使徒である僕の間に共鳴が起こる理由は何だろう?
近づけば近づくほど、彼の音は僕を揺さぶり、肉体という器が壊れるのではと思う。
共鳴によって増幅された振動は、時に破壊を生じる。
このままではもしかしたら−−−−−?
これがヒトと使徒が共存できない理由?
それでも、彼の音を聞くのは、その音だけを聞いているのは心地よかった。
魂の震える音を、初めて心地よく綺麗だと感じた。
このヒトとの出会いを「目的」に擦りかえることができるほど、自分の内が晴れ渡っていた。
硝子か水晶か
金か銀か
彼の傍にこのまま長くいれば、いずれこの体は壊れるのだろう。
僕か彼のいずれかの消去はすでに決定事項だけれど、彼の音を残すためならば悪くないんじゃないかと思える。
この感覚は、僕以外の誰にも理解しては貰えないだろうし、説明することも不可能だ。
僕は僕の意志で、この共鳴を綺麗だと感じたから、
互いに壊れる前に僕が消えることを選ぶ。
ヒトの文化の中で、音楽が一番好きだった。
あの原初の静けさに近い気がして。
チェロを奏でるという、君。
音楽に惹かれたことがあるのならば、
そして君自身聴くことが可能ならば、
多分間違いなく、分かってもらえると思う。
君との間に生じたこの、美しい、美しい音
殉じても良いと思える、心地よさを。