「あ、しんじだぁ。遊ぼうよ。しんじ」
「遊ぼう、遊ぼう。」

「いいよ。なにするの?」

「鬼ごっこ」
「花一匁」
「かごめ」

「どれにするの?」

「しんじはどれがいい?」

「う〜ん、ぼく、かごめがいいな」

「だったら、かごめにしよう」

「また子供たち、しんじと遊んでるよ」
「いいじゃぁないか。おかげで子守りが楽だ。野良仕事もはかどる」
「あの子もなぁ。いい子なんだがなぁ」
「仕方がないだろうさ」

運が悪かった。
一言ですむのかもしれない。
たまたま村に来た流れ者に、乱暴されて殺された母親を、しんじは側で見ただけだ。
母親の血を浴びて、真っ赤になってしんじは気が触れた。
それからというもの、母親の着物を着て、ふらふらと村を歩きまわって
子供たちとただ遊ぶ。

もう少し小さな頃は、よくいじめられたりもしていたけれど
いつのころからか一匹の白い犬が、しんじを守るように側にいて
それからは滅多なことはない。

毎日毎日、晴れていても雨が降っていても
子供たちまでも駆り出されて忙しくて、誰も遊び相手がいなくても
しんじは村をふらふらと歩く。
家にいると、父親が酒に酔ってしんじを殴るから
昼間は外に出ているのだ。
夕暮れ時に帰っては、飯も食べているのやら、家から煙が上がることはあまりない。
外には犬が、まるで飼い犬のようにそこにいる。
元はただの野良だったはずだけれども。

それでもしんじは子供たちには好かれていて、毎日毎日一緒に遊ぶ。
お菓子を分けて食べたりもする。
たぶん父親からは食べ物をろくにもらってないのだろう。
しんじはもうずいぶんと細い体をしている。
男の子とは思えないくらいの。

もうずいぶん良い歳で、本当なら働き手として朝から晩まで忙しいだろうに
毎日毎日そこらを歩き回っている。

子供たちは知らないことが、いくつかしんじにはあって、
父親は夜毎、しんじに伽をさせていたし
村の男衆も、食べ物と引き換えに慰み者にしていた。
知っている人は知っているけど、知らない人は知らない事。
雨の日に、人気の少ない畑の掘っ建て小屋にしんじを連れ込んで
何人かがよく楽しんでいるけれど、知られることはまずなかった。
公然の秘密。見ないように誰もがしている。

しんじと歳の近い若衆は、昔しんじをいじめていたから
犬に警戒されて近寄れない。
男衆はその点、犬にもしんじにも警戒なんぞされていないから
しんじは言われるままに犬を外で待たせて手招きに応じる。
そして、わずかばかりの食い物を得る。

腹が減っているから、とか
ご飯がもらえるから、とか
しんじは考えているわけではない。
ただ、笑った顔で自分を呼んでくれるからついていき、
くれるというから貰っているだけ。
ただ、それだけのことだった。
それでも幸せだったのかもしれない。

妻が死んで酒ばかりだったしんじの父は、結局ころっと死んでしまう。
しんじは頼るものもないまま残される。
村の人も、引き取ってまで面倒見ることなんぞできるはずもない。

そして、当然のようにそれは起きる。

しんじは家の中にいて、ぼんやり雨の音を聞いていた。
父親が死んでからは、外を歩き回ること少なくなっていた。

ギャン!

と犬の声がした気がした。

「シロ?」

何事かと木戸を開けると、どかどかと若い衆が押し入ってきた。
今までしんじに手が出せなかった連中だ。
父親がいなければ、しんじ一人なら、どうにでもできる。
何があっても誰も文句を言うことはない。
犬一匹だって、どうにでもできる。
そしてそいつらは、順繰りにしんじを嬲りつくしていく。
今までの分もすべて埋め合わせるかのように。

長い、長い間、それは終わらなかった。

それでも少しは熱も冷めて、男達は死んでいるかのようなしんじをそのままに
それぞれ出て行く。
振り返ることもなく、ただの一言も声をかけず。

外はいまだ雨が降っていいて人もいない。
いつもならまだ明るいけれど、今日はもう暗い。
もうほとんど日も沈んで人の顔もわからないくらいに。
しんじはふらりと外へ出た。
散々嬲られたままの格好で。

「シロ、シロどこ?」

しんじの頭にあったのはずっと犬のこと。
いつも側にいてくれるのにいなくなった犬のこと。
ぼろ雑巾のような格好で、ふらふらおぼつかない足取りで
しんじは犬を捜し歩いた。

もう、ほとんど夜だと言うころ。
村外れの川縁にしんじは犬の足を見つける。
白いから暗くてもなんとかわかった。

「シロ」

そういって駆け寄ったしんじに見えたのは
頭を殴られて死んでいる犬の姿。

がくりと膝をつきしんじは
声をあげることなく泣いていた。
ぼろぼろと、ただ涙だけを流して犬を見ていた。
雨なのか涙なのかわからないくらいに
しんじはずっと泣きつづけた。

当たりがもう真っ暗になって、
しんじはゆらりと立ち上がり、どこかへ行く。

しばらくして帰ってきたしんじは、
犬の側に座り込んで、愛しそうに

「シロ」

と名を呼ぶと、手にした鎌で首を掻き切った。
どさりと体が犬の上に倒れ掛かる。

雨が血を流していく。

翌日、村人がしんじと犬の骸を見つける。
大体何があったのかは、誰の頭にも想像がついた。
でも誰も、何も言わなかった。
ただ、このままではかわいそうだと誰かが言って
小さな街道の祠の側にその骸を埋めてやった。
しんじも犬も一緒に。

時折、通る村人が花やお菓子を供えていく。
でも、そのうちにそれがどういう謂れのものかは消えていく。
ただの祠になっていく。
それでも。
花もお菓子もきっと絶えない。
心のどこかが痛むから、その痛みだけは続くのだ。
痛みの理由が忘れ去られても。


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