人間ではない私。綾波レイと呼ばれる私。
地下の実験室にいた頃。
そのころの自分についての記憶はぼやけていて乏しいのに、それでも微かに覚えていることがある。
まだ不安定な私は私によく似た誰かといっしょに、その誰かと混じって浮遊していた。
それを夢というのかわからない。
私は子供の姿をしていたけれど、他の「子供」を知らなかった。
私の周りには「大人」しかいなかった。
碇ゲンドウというヒトしかいない。私は人間を知らない。
別にそれでも何も思わなかった。
浮遊している時、どこかで子供を見かけた。
その頃の私は自分のいる実験室しか知らなかったけれど、もう一人の誰かがそこは「教室」だと教えてくれた。
小学校の教室。
男の子がいた。
私は(私たちは?)ぼんやりとそれを見ていた。
私には何をしているのかわからなかった。泣いているんだよと私が教えてくれた。
子供が他の子にいじめられているのを見た。
でもその子は殴り返したりはしなかった。何をされても黙っていた。
一人になったときに泣いてはいたけれど。
子供が笑っているのを見た。
一人きりの教室で私に向かって。
口を一生懸命動かしてはいたけれど、私には何も聞こえなかった。
それでもその子の一途な語り掛けに私は笑った。
いえ、笑ったのはもう一人の私だったかもしれない。
実験室での私は笑うことはなかったから。
子供がいじめられているのをよく見た。
どうしてその子がいじめられるのかはわからなかったけれど、殴られながら子供は私に気付いた。
そして他の誰も私に気付かなかった。
だからなのかもしれないと思った。
子供が帰ろうとしているところにあった。
私には何故かいつものいじめっ子達が待ち伏せているのがわかった。それがよくあることだということも。
だから私は彼に言った。
「違う道から帰ったほうがいい」
聞こえたのか聞こえなかったのか、表情のない顔で私を見た。
そして子供はいじめっ子には出会わずに帰った。
その子が他の子とどう違うのかわからなかった。
みんな同じ子供に見えた。でもその子だけが特別だった。
どうしてだろう。その子だけは人込みの中でも見分けられると思った。
そして私はぼんやりと願っていた。
あの子に笑っていてほしい。
こんなにはっきりしたものではなかった。ただ、今思えばそういうことだったように思う。
私は不安定だった。自分という固まりを持っていなかった。
浮かぶ思いは見えるようになる前に薄れて消えていった。
助けたいとか触れたいとか思っていたのかもしれない。でもそれは形を取る前に消えた。
ぼんやりとその子を見て、ぼんやりと何かを思っていた。
はっきりと覚えている時が一つだけある。
夕方だった。
いつもの教室だった。
私はそこにぼんやりといた。子供はじっと私を見ていた。
何も話さなかった。子供は泣いてもいない、笑ってもいない。
流れるものは何もなかった。時間さえ。
私ははっきりと思った。
ああ、きっといつか逢える。
それから、私は浮遊することがなくなった。
もう一人の誰か、もう一人の私と混ざることもなかった。
そして私は実験室を出た。
ああ、きっといつか逢える……