そこは不思議な所だった。
崖に向かって真っ直ぐに伸びた滑走路。絶え間なく発着する戦闘機。
そこだけ隔離されていて、まるで陸上の空母のようにも見えた。
しかし、転じて見るとただのショッピングセンターの様な、普通に人が出入りしている店がある。
その間には鉄条網があるわけでもなく、明確な境界はない。
まるで戦闘機で買い物にでも来ているかのような、不思議な光景。
地表に見えている部分はそれだけだったけれど、地下には巨大な空間があり、
何層にも別れたそこには、たくさんの人が住んでいる。
軍に関わる人達はごくわずかで、ほとんどがただそこにいるだけの民間人だったけれど、
その奇妙な光景はもうずっと、彼らが生まれる以前からのもので、轟音も排煙も当たり前のものだった。
閉鎖した空間。
誰もその巨大な都市から出ることはなく、一生をそこで過ごす。
時折地表へ、まるで深呼吸でもするかのように上り、
轟音と排煙の中、空を見上げると、また地下へと降りていく。
誰もがそんな中で暮らし、誰もそれをおかしいと思うこともなかった。
僕は、何故か枕を探していた。
寝つきが悪くて、最近じゃ肩凝りも酷い。ベッドに横になっても首から肩にかけての筋肉は一向に緩まない。
枕が合わないんじゃないかと思い立ったのは昨日のことで、今日、こうして地上に買い物に来ている。
枕売り場を眺め渡して適当な枕を一つ買った。
それを抱えてなんとなく他の売り場も見て回っていたときに、ふいに
「この枕で本当にいいのかな?」
という疑問が湧いた。そうしたらもうなんだか、この枕ではダメな気になってきて、
一度買った枕だけれど交換しようかと思い至る。
かなり広いフロアには結構な人がいるはずだけれど、あまり混雑しているようには見えない。
枕売り場はほぼ対角線に反対方向で、僕は直線的にそっちへ向かう。
途中、イベント広場のような少し開けた空間があったのだけれど、今日は何のイベントなのか、裸で歩き回る女達がいた。
それは何かおしゃれの一つのようで、周りの人達に“あなたもヌーディストにならない?”と声を掛けている。
彼女たちはものすごく綺麗な体をしていたし、これだったら裸でもいいよね、などと思いながら通り過ぎようとしたら、僕にも声がかかった。
僕は人に見せられるような体じゃないから。
そう言って断ると彼女はにっこりと笑って“そう?じゃまた”と手を振る。
売り場に戻ってみたけど、どうみても僕には合わないとしか思えないようなものしか残っていなかった。
どれもこれも気に入らなくて、あれこれ引っ張り出しては戻し、引っ張り出しては戻しとしていたら店の人が万引きかと思われるから余計なことはしないほうがいいと言う。
確かにそうだし、もう本当にどれも気に入らなかったから、仕方がない、この枕でも良いかと諦める。
それでもやっぱりすっきりはしなくて、僕はその新しい枕を引きずるようにして店内をうろちょろし始める。
いろんな服が売っていて、他にもいろいろ何かがあった。
いくつかきれいだな、着てみたいなと物色するけど、一つも買わなくて。
そのままフロアの中央、階段と吹き抜けのある所に出る。
ここはそのまま大通りになっていて、ガラス戸の向こうには戦闘機が見えた。
別に滑走路に近づいても怒られることはない。
僕は飛行機が滑走路から離れるところが好きで、今までだって何度も見に行っている。
ただ怒られることはない代わりに注意してくれることもなくて、事故に遭っても、例え死んでも自業自得でしかない。
だから僕はゆっくりと飛行機の動きに注意しながら、滑走路の一番先へと向かった。
ここの滑走路は短いのだと思う。飛行機は一旦沈むように落ち込んでから上昇して行く。
崖からの上昇気流を利用しているんだと、以前聞いたような気もする。
巨大な鉄の塊がものすごいスピードと音で飛び立っていく、その迫力に鳥肌を立てる。
下へ降りようとして、はたと気付く。
ああそうだ、階段はここじゃないんだった。
何故だか知らないけれど、僕はいつも階段の場所を間違える。
下層へ降りる口はここじゃなくて、店の脇だ。確かに地下にはこの真下あたりにも階段はあるのだけれど、
どうしてか僕はいつも一度はここへ来てしまう。
地下へ降りる道は何故か不必要に長い。少しでも長く空を眺めていたいからだと言ったのは父さんだったかトウジだったか。
階段へ至るまで滑走路と同じくらいの長いスロープになっている。
僕らは自分の住む層までの長い道を歩いて階段を使って降りて行く。昇るときもそうだ。
でも一部の人達は古臭い列車にのって移動できる。
飾りの煙突から白い無害な煙を吐く列車はケンスケの憧れの的だった。僕には何がいいのかなんて全然わからなかったけれど。
造り自体は精巧らしく、敷き詰めた石の上にちゃんとレールも敷かれている。
僕がスロープを歩く間にも2,3台通っていった。
少し離れた所で2人の男の人が、すごく芝居がかった身振りで何か話している。本当に演劇のように見えて僕は興味をそそられる。
聞き耳を立てながら近づこうとすると、すぐ前にいた白髪の混じったおじさんが、なんだか偉そうな大きな声で解説を始めた。
どうもその2人を知っているらしい。でもおじさんの声が大きすぎて向こうの2人の言葉が聞こえない。
周りの大人は、本当は向こうの2人に興味があるのに、それでもがまんして聞いているといった感じだ。
でも僕はおじさんの説明なんでどうでもよかった。
「せりふが聞こえないから静かにして」
僕がおじさんにそう言ったら、隣にいた女の人がびっくりして「しーっ」と僕を黙らせようとした。
おじさんは怒った顔もしないで笑いながら近寄ってくると、今度は僕に向かって、説明を始めた。
うんざりして僕はおじさんを無視する。でもおじさんはしつこく僕の隣で口を動かしつづけた。
肝心な2人はとっくに離れていたし、大人達も僕に押し付けてさっさと行ってしまった。
うるさいなぁ、と思いながら右から左で聞き流していた。
そんな僕の態度に痺れを切らしたのか、おじさんは僕の腕を掴んで少し後ろにあった小さい列車を指した。
そこには少しぼろい服を着た人たちがいっぱい詰まっていた。
めずらしい、列車に乗るのはどちらかといえばこのおじさんみたいなタイプの人達なのに。
そう思ってみていたら、おじさんが言った。
「ごらん、あの人達は死ぬんだよ。ほら、あそこにそう書いてある」
自分は何でも知って居るんだという得意げで嫌な笑い顔だった。
列車には確かにDEATHの文字が光っている。
個別認識できるほど良く見えたわけじゃない。でも、犯罪人には見えなかった。
ただの人。ただ「誰かに」邪魔だと判断されただけの人々だと、何故かわかった。
中には子供もいた。
銀の髪に赤い目が、見えたような気がした。
その瞬間。
「なんで?友達だよ?友達だと思ってるのにどうして殺さなくちゃいけないんだ!」
そういっておじさんの胸ぐらを掴む。
知った顔で解説していた男。
DEATHと書かれた列車に乗っている奴らはそのまま処刑場行きなんだと笑った男。
おじさんはたじたじになって逃れようとした。自分は何の関係もないんだと言わんばかりに。
でも僕は逃したくなくてつかみ合いになる。
そして弾みでポケットから人形が落ちた。
白い糸でできた髪。赤い石を縫い付けた目。
それを取ろうとして手を伸ばすけれど届かなくて、思わず足を伸ばしてしまう。
結果的に蹴り上げてしまったけれど、僕はその人形を手に取れなかった。
その隙に男はあたふたと逃げ去っていた。
線路上に落ちた人形を、ゆっくりと拾い上げる。
「う、うぅ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
大声で子供のように(実際まだ子供なのだけれど)泣きわめく。
何が悲しいのか、自分でもよくわからなかった。
いつのまにかDEATHと書かれた列車は消えていた。
周囲に人影はなく、僕は人形を抱きしめて歩いていく。
「わぁぁぁぁぁぁっ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ、うわぁぁぁぁぁぉぁぁん」
上を向き大きな口を開けて、時々見える空に向かって泣き続けた。