その日の碇ゲンドウの目覚めはあまり良いものではなかった。
ぼんやりと朝の気配がして目を一応開けてみたが、妙に身体が重く、頭もすっきりしない。どちらかと言えば疼痛を訴えている。
「昨夜、何かしただろうか?」
ぼんやりと考えるが思考は定まらず漂い続ける。
しばらくたってようやく、珍しく冬月や部下と飲みに行ったことを思い出した。

ではこれは二日酔いか。随分と久しぶりのはずだ。
若い頃はそれなりに無茶な飲み方もしたが、最近ではほとんど「酔う」こともなかった。
冬月だけならいざ知らず、部下も居たのに二日酔いになるような飲み方をしたとは。

こめかみに拍動と同期した疼きを感じながらも、どこか、妙に懐かしい感覚もあった。
なんだろう?考えるけれどやはり形にならない。

身体を動かそうとして、ゲンドウは腕の中に何かあることに気づいた。
温かい。
もう随分と昔、こんな風な温もりが朝の腕の中にあった。
それはゲンドウ自身、気恥ずかしく感じるような幸せの記憶だ。
しかしもうすでにその温もりは失われてしまった。
なのに今感じている温もりは、夢や記憶というにははっきりしすぎている。

考えても無駄だと思っているのに考えてしまうのはやはりおかしいのだ、そう思いながら腕の中を見た。

そこには黒い丸い頭が見えた。

「?」

一瞬、わからなかった。
それからそれが息子のシンジであると気づく。

わずかに腕を動かして見ると、シンジはどうもパジャマを着てはいないようだった。
人肌。
素肌の温もり。

裸の息子がなぜ自分の腕の中に?

ゆっくりとあたりを見まわしてみて、そこが自分の部屋で自分のベッドであることを確認する。
そしてもう一度、息子の、つむじが見える丸い頭部を眺める。

どう接したらいいのか分からず、自分でも素っ気無いと思う態度ばかり取っているため、甘えられた記憶もない。寂しいこともあっただろうに、今よりもっと小さい時でさえ、ゲンドウのベッドに入ってくるなどということはなかった。
よっぽどの何かがあったのか?
それともシンジが自分で入ってきたわけではないのだろうか?

「まさか、な」

親としては危険な思いが頭をよぎる。

周囲の人間にはゲンドウに似ていると評される息子だが、ゲンドウ自身はどちらかと言えば妻の面影を重ねていた。
妻ユイだけの血ならまだしも、自分の遺伝子をも受け継いだはずなのに、なぜこのように愛らしい子になるのだろう?と思うこともあった。
最近ではその顔だけでなく、まだ大人になりきっていない華奢とも思える身体に、恐いような、逆に愛しいような何とも言えない感情がわくこともあった。
娘ならまた違っただろうかと、シンジが女だったらと考えたこともないわけではない。
しかし、と思う。
いくらなんでも、と思う。

その時、肌寒さを感じたのか、シンジがふるりと振るえてゆっくりと頭を起こした。
そして一瞬ぽかん、といった表情をした後、睨みつけるような恨めしいような、珍しい表情でゲンドウを見た。
そして、

「父さん、責任取ってよね」

そう言った。

これは。やはりそうなのか?
だとしたら責任うんぬんなどという話ではすまないと思うのだが・・・と考えつつ、ゲンドウは
「わかった」
と返事をしてしまう。

既成事実ができてしまったのであれば、今更後悔しても仕方があるまい。
親子のように、はできなかったが、男女のように、なら自分にもできる。
責任など喜んで取らせてもらう。

シンジへの接し方を見つけた気がして、思わず腕にも力がこもり、シンジを抱き込むようにしてしまう。

そんなゲンドウの行動に、シンジは言葉を無くしながら、頬を赤らめる。そしてやんわりとゲンドウの身体を押しのけようとするが、ゲンドウにしてみれがまるで逆効果で、ますます抱き込もうとする。

「・・・・・・こんなことされたって、だまされないからね」

すねているような口調。それに今までシンジに聞かせたことのないような甘い声で

「どうしろというのだ?」

と返しながら、親子らしい会話はできないが、こういう会話はできるとは、と口元が揺るんでしまう。

「……新しいベッドとシーツとパジャマ、買ってもらうからね」

そんなものはいくらでも買ってやる。
まるで新婚カップルのように2人で買い物をする風景をゲンドウは思い描いた。

それにしても意外な反応だ。親子だとか同性といったことは気にしないのだな、以外と大胆と言うか・・・・・・
などと考えていると、

「父さん、思いっきり吐くから、もうベッド使い物にならないよ」
「ん? はく?」

一瞬思考が停止する。

「・・・・・・もしかして、父さん、覚えてないの」

怒りのこもった声でシンジが聞く。見上げた視線は鋭く、眉間に怒りのマークが見えるようだ。

「酔っ払った上に人の部屋で思いっきり吐いてくれただろう!?
思い出せないっていうなら、思い出させてあげるよ!」

シンジとは思えない口調・内容に、よほど怒っているのだとわかった。
むくりと置きあがり、シンジはゲンドウの手を引き自室へと連れて行った。

がちゃり。
「うっ」

部屋を開けた瞬間に鼻を突く異臭。
確かにこれは、胃液の匂いだ。ベッドの上にシーツはないが大きなシミがついている。床のカーペットにも飛び散っているように見える。

シンジが責め立てたところによると。
昨夜、ゲンドウはかなりへべれけになって帰宅したらしい。
玄関で座り込んでしまったゲンドウは、だらしなく崩れてシンジでは運べそうになかった。
仕方なく毛布をかけ、ペットボトルのお茶を側に置いてシンジは自室へ下がった。
しばらくして、ゲンドウはふらふらしながらもシンジの部屋へとやってきて、勉強はしているのか?といったある意味父親らしい話を始めた。
そのうちにチェロを弾けだの、運動をしないのは何故だ、野球をしろ野球をといったことを言ってシンジに絡み始めた。
酔っ払いだからとシンジは我慢して付き合っていたが、いきなりゲンドウは「うっ」と口を押さえると、シンジが対応する暇もなく嘔吐した。
辛うじてシンジには掛からなかったものの、その吐しゃ物は思いっきりシンジのベッドの上に広がった。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
頭を抱えて叫ぶシンジ。しかしゲンドウの嘔吐は止まらなかった。
「ぎゃぁぁぁ!」
シンジの絶叫が虚しく響いた。

「父さん、そのままここで倒れるし、もう頭にきて放っておこうと思ったけど、吐いたものそのままにしとくのもヤでさ。とりあえずシーツは捨てたけど、パジャマもなんか匂うし、部屋はもっと匂うし。でも眠いし。だから父さんの部屋で寝ることにしたんだよ。
父さんのことも、やっぱり捨てておくのはマズイかなって思って。全部脱がせて部屋まで引きずって。
もし背中とか痛くても、僕は謝らないからね!」

ゲンドウがさっきまで頭の中で何を考えていたのか気づくわけもないシンジは、呆然としたゲンドウの横で酔っ払いを責め続けた。

「僕もう部屋で勉強できないよ!」

肩を振るわせるシンジ。

「・・・・・・すまん」

ゲンドウは心の中で色んな意味で冷や汗を掻きながらそういった。

結局その後、ゲンドウの部屋はシンジに取られることになった。
仕方なくゲンドウはシンジの部屋に移ったが、しばらく異臭は取れなかった。
もちろん、シンジにはより立派なベッドを購入した。

シンジの怒りは数日続いたが、部屋を変え新しいベッドが来たことで機嫌はとりあえず直ったようだった。
ただそれでも言葉の端々や、ちょっとした行動にシンジの不機嫌は見て取れた。

己の想像したやましい事実に慄きながらも、なんとなく残念に思ってしまう自分を自覚して、しばらくはシンジをまともに見られないゲンドウであった。

ととりあえずギャグです。ギャグ!

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