「カヲル君、タバコやめなよ」
僕は窓を薄く開けてタバコを吸っていた。昔っからの赤いマルボロ。
一息吸いこんだところで、さっきの会話の続きのようにごく普通に、シンジ君がそう言った。
「カヲル君の肺があんな風に黒くなってるなんて、僕はイヤだ」
病理の実習で真っ黒になったガン患者の肺を見た時から、何か考えこんでる風だったから、まあ、そういうことだろうなとは思ってはいた。
今までも「タバコ止めたら?」なんていろんな人に言われたけれど、シンジ君に言われるのは違うなぁと思う。
好きな人に、こんな風に心配してもらえるという事実は、それだけで嬉しい。
喫煙の害なんてそれこそ耳がタコになるくらい聞いているし、実際に今日みたいに目にすることもあったけど、それでもやっぱりなんとなくだけれど止められなかった。長時間吸わなくったって平気だから、止めるのは簡単だって思ってもいたし。
さすがにシンジ君まで巻き込むのは気が引けて、なるべく彼の前では吸わないようにはしていたけど。今まで僕の喫煙を嫌がるようなそぶりは見せなかったから、時々こうして吸っていた。
心配されるのは嬉しい。
でも何となく、素直に聞けないのはどうしてだろう。
だから。
「じゃあ、タバコが吸いたくなったら、シンジ君にキスしていい?」
そう言ったら真っ赤になって。
耳も首も赤くって、誘われる。
タバコをもみ消して、シンジ君の隣に座る。赤くなったままの彼の肩に手を置いて引き寄せる。
体は硬くしたままで、でも抵抗はなくて、思わずそのまま抱き寄せてぎゅっと腕の中に封じこめる。
「ねえ、タバコの代わりにシンジ君にキスしてもいい?」
耳の中に囁いて、その赤い耳朶を舐めて噛む。
びくんと強張る反応が楽しい。
そのまま首筋にキスを落しながら
「シンジ君?」
返事を求める。
「・・・・・・いい、よ」
その返事に思わず笑って、抱きこむ腕に力が入って
「ちゃんと言って?」
そう言って首筋を舐めた。
「ん、」
息を詰めて首をすくめるのを許さなくてそのまま舐めたり軽く吸い上げたり。
鼻にかかるように息を堪えて、でも僕を押し返すようなことはしなくって。だから調子に乗る。
「ちゃんと言って? キスしてもいいよって」
そう言ってきつく吸い上げたら「あっ」って声が上がって。
あーもう押し倒しちゃえって思ったら。
「タバコ、吸わないなら・・・・・・キスしてもいい、よ」
シンジ君は小さくだけどそう言った。
・・・・・・嬉しくて。
今更キスくらい何度だってしてるんだけど、あまり普段そういうことを言ってくれないシンジ君が「キスしてもいい」ってちゃんと言ってくれたのが嬉しくて。
思わずシンジ君の顔を見つめて「ありがとう」なんて少し場違いな言葉を口にする。
そうしてその唇に口付ける。
ついさっきまでタバコを吸っていたから苦いのか、シンジ君は少しだけ眉を寄せたけれど、でも素直にその口を開いてくれた。
シンジ君の口の中を堪能する。何度も何度も。
そうして衝動は止まらなくって結局そのまましてしまったのだけれど。
朝目が覚めて、横で眠るシンジ君を起こすためにキスをする。
そうして目が覚めた彼が「朝からこんなことして」って言ったから、「タバコの代わり」と笑う。
シンジ君は、少しだけふてくされた表情をして、でも黙る。
そして僕は、昨日からそのままにしてあったタバコを取り上げるとゴミ箱に捨てる。ライターは、捨てられないからとりあえず抽斗に片付けて。
「タバコ、本当に止めてくれるんだ」
そういうシンジ君に
「だってキスさせてくれるんだろう?」
そう言ったら、やっぱりシンジ君は真っ赤になって。
俯いてしまった彼の少し寝癖のついた髪を眺めていたら、
「・・・・・・うん・・・」
小さく、本当に小さくそう言って。
やっぱり嬉しくて朝っぱらからしたくなったけど我慢して。
軽くキスをしてぎゅっと抱き締めた。
それから。
さすがに人前とかではしなかったけれど、ふいに人気のないところに引き込んでキスをしてもシンジ君は文句を言わない。
別にタバコが吸いたいからじゃないんだけど、そんなことはもうどうでもいいことで。
タバコはきっちり止めたけど、代わりに手に入れたものがこんな極上の甘い唇なら、苦にもならなくて。
タバコを吸ってて良かったなーなんて、シンジ君が聞いたら怒りそうなことを思った。