ふと、目が醒めた。薄明るい部屋の様子に一瞬考え、体を起こしてようやく月明かりだとわかった。
カーテンをあけて外を見る。白い丸い月が中空に浮かんでいる。
しばらくその姿を見て、それから服を着替える。

外は思ったより寒かった。風が強くて火照っていた熱を一吹きで奪った。それでも戻ろうとは思わず、足を踏み出す。
街中ははっきりいって無駄な明かりでうるさかった。月の光を感じることができない。
どこか光の少ない所、と思ってふらふらと歩く。

「こんばんわ」
声を掛けられたのは街灯の少なそうな細い道に入ったときだった。
振り返ると月の光のような髪をした少年が立っていた。
「・・・ああ、カヲル君」
つめていた息を吐く。向き直って少し笑った。
「こんな夜中にどうしたの」
「え? うん、なんか月を見ようと思ってさ」
「月?」
「綺麗でしょ。でも街は明かりが眩しくて。だからどっか光のないところないかなって」
「ああ、だったらいいところ知ってるよ。行く?」
「うん」

住宅地の奥、でも思ったほど歩いたわけでもない所にぽかんと開けた所があった。端に街灯はあったけれど光は弱々しく、離れれば気にならなかった。
砂場が見て取れ、公園らしいと当たりをつける。
「こんな所があったんだね」
「昔の公園らしくて、昼間も人は少ないんだよ」
「ふぅん」
小さなベンチがあったので二人で並んで腰掛ける。ちょうどいい具合に木々の上に月が見える。薄い雲が流れているのがわかる。弱い小さな星の光もいくつか見えた。兎、といわれる月の模様も良く見えた。
しばらく、言葉も交わさずに月を見ていた。
なんでだろう、なんか気持ちが落ち着いた。
月の光を浴びるのは良くないって、どこかで聞いたような気もするんだけど、でもこうして月を見ていると不思議と安心する。

ふと。昔見た月光を反射する屋根瓦が見たいなと思った。
セカンドインパクトという大災害後、日本の伝統的な木造家屋は激減した。今この街中で屋根瓦のある家を探すのはすごく大変だと思う。先生のところでも見た覚えはない。
この記憶の屋根瓦はどこで見たものなのかはわからない。
けれど「ああ月の光って結構明るいんだな」と思った記憶と共に、白く光る屋根瓦だけをはっきりと覚えている。
ぼんやりと外に出てきたけど、もしかしてそれを無意識に探しにきたのかもしれない。

見上げていた視線を降ろして隣のカヲル君を見る。
銀の髪は月の光を受けて白く光って見える。
ちょっとだけ、思っていた光景に近い気がして思わず手を伸ばした。
「どうかした?」
思わずだったから意味も何もない。
「あ、ごめん」
慌てて手を離す。
「別にいいんだけど」
とカヲル君は笑う。
今になってカヲル君が制服姿であることに気付く。
「制服なんだね」
「うん、なんとなくね」
見慣れた、見慣れすぎた姿だった。でも何かほんの少しだけ、違和感とも違う何かを感じた。
何だろうと思ってよく見るけれどわからなかった。
「変?」
「え、そういうわけじゃないよ」
じろじろ見すぎたかなと視線を月に戻す。
「シンジ君は、月が好きなの?」
「・・・嫌いじゃないけど、特別好きなのかって言われるとそうでもない、と思う」
「なのにこんな夜中にわざわざ見に出てきたんだ」
「うん、なんとなく、ね」
そういって横を向いたらカヲル君がいなかった。え? と思ったら「こっち」と声がした。
正面。月をさえぎるように僕の前にカヲル君は立っていた。いつの間に。
ポケットに両手をつっこんだまま、少し前かがみに僕を見下ろすカヲル君は笑っていた。
向こうに月があるから、まるでカヲル君の周りが光っているように見える。
特に髪が綺麗で、ああやっぱりカヲル君の髪は月の色だなと思った。
くらり、視界が歪む。めまいのように霞んで暗くなる。耳鳴りもし始める。あれ? 何だろう。
ぐわんと鳴る向こうでカヲル君の声がした。

「本来の時間軸では君とこんな時間を過ごす余裕はないみたいだからね。もう少し二人きりを楽しみたかったんだけれど・・・」

全部を聞き取れたわけじゃない。ああ何か言っていると思った頃にはもう何もかもが真っ暗だった。

ふと、目が醒めた。部屋の中は明るい。手を伸ばして時計を見る。設定しておいた時間にはまだ随分ある。
こんな早起きするなんて珍しい。寝起きが悪いってことはないと思ってるけど、でも目覚ましに頼らずに起きることも少ないのに。
二度寝するほどの時間ではないと判断して体を起こす。さて、朝ごはん何にしよう。今日はミサトさんもいるはずだから3人分作らないと。
ふわぁとあくびをして目をこする。キッチンへ向かおうと踏み出して、なぜか月明かりを反射する屋根瓦を思い出す。
何だろう。そんなのここ最近思い出したこともないのに。
考えたけれど意味もないだろうそれを思い続けることはなく、すぐに朝のメニューに思考を切り替える。
ちょっと余裕あるし、お弁当凝れるかなーなんて考えてるうちに、思い出した絵は忘れた。

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