ファストフードのお店はいつもざわざわとうるさい。カヲル君と向かい合ってバーガーにかぶりつきながらぽつぽつとどうでもいいおしゃべりをする。正直僕は話すのが得意じゃないけど、カヲル君は聞くのも促すのも上手だし、黙ってしまってもあんまり苦にならないから、すごく気が楽だ。

 最初はどうなることかと思ったカヲル君との関係も、今はすごく落ち着いていていい感じだと思う。っていうか今となってはもうカヲル君がいない生活なんて考えられない。毎日会いたいし、笑いかけてほしいし、一緒にいたい。カヲル君中毒なんじゃないかって思うくらい。

 電子音が鳴る。
 カヲル君の携帯だ。

「はい」
 ごめんねって感じで手を挙げて顔を少し向こうに向ける。
 僕は気にしないでって頷いて視線を窓の外へ向けた。

 こんな風に2人でいるときに携帯が鳴ると、放り出されたみたいで寂しい。目の前にいるのに、急に僕は1人ぼっちだ。ううん、目の前にいるからなおさら。
 こんなに簡単にカヲル君を取られてしまうのが悔しくて、時々その携帯を奪って通話を切ってしまおうかと思ったりする。できるわけないんだけど。

 たぶんネルフからの連絡。カヲル君は僕らとは少し違う実験も受けているみたいだし、ただのパイロットとしてだけじゃなくネルフと関わっているみたいだから仕方ないんだってわかってる。
 こういうとき、時間は長く感じる。途切れた会話が頭の中で進んで、まだ終わらないのかなって思わずちらちら見てしまったりして。思わずため息が出そうになって慌てて我慢する。

 僕もネルフから支給されて携帯電話は持っているけど、あんまり使ってはいない。アスカや綾波とはほとんど話さないし、トウジやケンスケとは学校で話し過ぎなくらいだから、とりあえずの連絡以外は使ってない。ネルフからの緊急連絡と、あとはカヲル君と話すくらい。

 電話は、正直って苦手だから、カヲル君とだってこうして会って話すほうが好きだ。
 相手の顔が見えない電話は、気持ちが読めなくて怖い。逆に見えなくて話しやすいときもあるけど、やっぱり怖い。だから携帯だろうと家のだろうと、自分からかけるということはほとんどしない。
 カヲル君だけ。
 そりゃ電話する前に頭の中でいろいろとシミュレートして覚悟を決めてからじゃなきゃ話せないのは一緒だけど、カヲル君にはそういう思いをしても電話したいと思うから。

 僕の知らない顔で、何かしゃべってるカヲル君を見ながら、もしかしたらカヲル君は僕が思うほど僕を特別だと思ってはくれてないのかもしれないなって考えて悲しくなった。

 目の前にいるのに、なんでこんな思いをしなくちゃいけないんだろう。

 なんだかこのままじゃ泣きそうだって思って、気を紛らわせるのに席を立つ。どうしたのって顔で見るカヲル君に、小さく「トイレ」って言って離れた。
 鏡を見るとなんだか本当に泣く寸前みたいな顔をしていて、バカみたいだと笑う。
 手を洗って顔を洗って。ゴシゴシと拭いて大きく息を吐いた。

 僕は考えすぎなんだ。カヲル君にだっていつも言われてるじゃないか。ぐるぐると悩みすぎだって。一人でいると思考が変なループに入ってしまいそうなのは自覚があるから、最近は早めにこうして気持ちを変える。これもカヲル君に言われたからで。本当に僕はカヲル君に寄りかかり過ぎだなとちょっと反省して席に戻った。

 電話はもう終わったみたいで、カヲル君は窓を眺めていた。
「ごめん」
「こっちこそ」
 そう言ってカヲル君は電話の前に話していた内容に戻った。僕も忘れてた話をちゃんと覚えていてくれるカヲル君はやっぱりすごいなと思いながら話を続けた。


 失敗したなと思った。出なければよかったと。
 シンジ君がどこか寂しそうな顔をしている事には気づいていたけど、話をうまく切り上げられなかった。いつもならもう少し上手く切り上げてすぐにシンジ君との話に戻るんだけど、今日の相手は葛城三佐だった。僕は一生懸命終わらせようとしているのに、葛城三佐は話をあちこちに飛ばしてまとまりがない。いい加減にして欲しいと焦れてきた頃にシンジ君が席を立った。

 トイレだって言ってたけど、居心地が悪くなったのには違いなくて。
 少し腹が立ったから
「あとは明日ネルフに行ってから聞きます」
 そう言ってぶち切ってマナーモードに切り換えた。もっと早くにこうしておけばよかったと思ったけど仕方が無い。

 シンジ君が戻るまでの間、ぼんやりと外を眺める。ほぼ毎日顔を合わせて何でもないような話をして一緒にいるのに、ほんのちょっとの時間なのに、こうして一人で置いてかれると寂しいなと思う。そしてそれはさっきまでのシンジ君の気持ちだと思う。

 彼が人一倍寂しがりなのは、なんとなくだけどわかっていた。言いたいことがなかなか言えないのも。今はそれでも電話をしてくるようになったけど、最初は本当に僕がかけなきゃ全然だった。今も最初の一言はすごく緊張しているのがわかる。もうちょっと慣れて欲しいとは思うけど、それはまだ時間がいるんだろう。

 戻ってきたシンジ君に精一杯柔らかく笑いかけて話を戻す。今の電話なんてなかったみたいに。
 これからシンジ君といるときは電話に出ないようにしないと。
 改めてそう決心して店を出た。

お話へ