眺めていたらいつもつまづくところを普通に歩いていた。
なんだか訳の解らない気持ちが湧いてきてイライラする。
性能が良くなったって事なのに何でだろう。
旧型だった。プロトタイプと言ってもいいほど初期の。
だからボディの連動も完璧ではなくて、僅かな段差に引っかかることもある。人工頭脳でカバーしているはずなんだけど、いつも同じ所で足を引っかけるのを、実は人間らしいと思ってみてた。
癖みたいで。
需要もあったせいだろう、進歩は急激で、もう数世代前になってしまったシンジ君はいろんな意味でそろそろ限界が来ていた。データ移植の限界。ボディもそろそろ耐用年数を超える。
今までも新機種への移行・移植の案内は来ていたけれど、さすがに今回は最終案内と表示があった。
「ずいぶん古いタイプですね。どうされますか? 新規購入されますか?」
にこやかな顔でそう聞かれたとき、まるでそれが当然のような言い方に少しだけ腹が立った。向こうは商売だから、新しいものを勧めるのは当然だってわかってるけど、僕はそんなつもりはまったくないし。
「いえ、移植を」
そう告げると担当が替わった。
今のシンジ君からデータを取り出して、新しいボディに移植する。
言葉にすると簡単なことだけれど、パソコンみたいにコピー&ペーストするのとは違うらしく、翌日返却になると言われた。
「代替をお持ちになりますか?」
そう言われたけれど断った。1日くらいはどうにかなる。
「そう言う方多いんですよね。移植希望されるかたはやっぱり現機に愛着がおありで」
だったら聞くなよ、と思いながら書類にサインした。
翌日帰ってきたシンジ君は当然なんだけどまるきり以前のままに見えた。どこが新しくなったんだ? と思ってみるけどわからない。少し感心して、話を聞いているように振舞いながらシンジ君を観察する。
「今後はデータ移植も簡単にできますので、1日はかからないと思いますよ」
そう言われて、暗に”もっとマメにボディ交換しろ”と言っているのだろうかといぶかしんだ。
ボディが新しくなったのに加えて性能も上がったのだと言われたけれど、それもどこがどう変ったのかなんてわからなかった。
いつもと一緒だ。話し方も笑い方も応対も料理の味も僕の相手をするときの声も。
実際、何も気にならなかった。さっきまでは。
なのになんでこんな小さな事が気になるんだろう。
スムーズに歩いているだけなのに。
イライラする。
食事の準備で動き回るシンジ君をぼんやりと座って眺める。
以前はどちらかといえば好きだったそんな時間が今は不快になりつつある。
つまづく気配も見せずにシンジ君は動いている。おいしそうな匂いがして僕の好きな料理が並べられていく。
なのに。
「シンジ君、つまづかなくなったね」
「え? そう?」
「前はいつもそこで足を引っかけてたのに」
「ああ。うん。そうだったね」
「ひかかってみてよ」
「え? うーん」
「できないの?」
「わかんないけどたぶん」
「何でも出来るってふれ込みのくせに」
「・・・・・・でもそうしたら料理が零れちゃうよ?」
「うん、わかってる。いいんだ、言ってみただけだから」
それからシンジ君がそこを歩くときに気にしているのがわかる。 それはそれでまた僕をイライラさせた。
転びそうで転ばない、というのは難しいようだった。 わざとやると転んでしまう。
今のシンジ君には、癖がない。
イライラする。
「シンジ君がつまづかなくなったのは性能が良くなったからだよね?」
「うん、そうだね」
「じゃあ、悪くすればまたつまづくようになるよね?」
バキン、グシャ、ガシャン。
見上げるシンジ君の顔は、今まで見たこともないものだったけれど、
「カヲル、君・・・・・・?」
僕の気持はすっきりしていた。
いつもつまづいていたのは右足。だから右足を壊した。シンジ君は人間じゃないから痛みもないし問題はない。
パーツ交換にしたら意味がないから修理にしてもらって。これできっとまたつまづいてくれるはず。
これで本当に”いつも”のシンジ君だ。
僕の大好きな。
よかったね。