「ただいま〜」
力なく帰宅を告げるが返事はない。当然だ。すでに時計は翌日に突入している。暗い部屋は冷蔵庫の駆動音が低く響いているだけだった。ミサトははぁ〜と大きく息を吐いて灯りをつけると、上着を椅子に掛ける。リモコンを取りテレビの電源を入れた。少し大きめの音をすぐに絞り、ビールを取りに行く。
途中でご飯は食べてきたからおなかはすいていない。お風呂に入ろうかとも思うが、なんかだるくてその気にならない。寝てしまえばいいのだが、すぐに眠れる状態とは言えず、ちょっとぼけーっとしたい。
着替えもせずだらしなく椅子に座りカシュッとビールを開けた。大きく喉を鳴らして一気に腹に流し込む。
ぷはぁ。
流石にこんな夜中に”やっぱビールは最っ高よね!”などと言う気はない。まぁあれは人がいるからこそ言うのだが。
テーブルに並べた次の缶を取り開ける。それは一気に煽らずゆっくりと味わう。リモコンを片手にチャンネルを変えていく。深夜は基本くだらない番組が多い。時々面白いものもやっているが、何かを見たいわけではないので適当なところでリモコンを置いた。
『は〜い次はぁ、今流行の動画をご紹介しまーっす!』
妙なテンションのナレーションが何かを説明している。映像がパラパラと代わって行く中に、オレンジ色した4つ足の重機が踊っているものがあった。
きらーん。
漫画だったら擬音が生じたであろうほどにミサトの目が輝く。
「これは、いけるっ」

そもそもの原因は先日のシンクロテストであった。
「うーん。シンちゃん今ひとつ動きに無駄が多いのよね」
訓練後の反省会でミサトがぼそりと言った。指示された通りに動いているつもりのシンジには、それが具体的にどういうことなのかがわからない。とりあえず動くんだからいいじゃないか、と思うが口にはしなかった。
”最初は1歩動いただけで喜んでいたくせに”
「今のテスト方法じゃ無理かなぁ」
そんなことをミサトがつぶやいたのが先週のことだった。

「はい、シンちゃん。これ見て〜」
といってミサトはノートPCをシンジに向ける。ディスプレイではチアガールの格好をした女の子が数人踊っていた。曲はシンジも聞いたことがあった。タイトルまでは覚えていないけれど、時々サビがテレビから聞こえてきたように思う。
「これをエヴァでやってもらいます!」
ミサトは満面の笑みで言う。
「本気ですか?!」
シンジが大声を上げる。もう一度ディスプレイを見る。アップテンポなその踊りは飛んだり跳ねたり廻ったりと動きはそこそこ激しい。
これを、エヴァで・・・?!
「大マジよ。ちゃんと訓練として申請もしてあるし、許可も出たから何の問題もないわ」
本気かネルフ! とシンジが思ったかは置いといて、一緒にいるリツコはため息をついたものの何も言わない。ということは本当にこれをやるのだ。
「無理ですよ」
「やる前から言わなーい。あとこれは別にシンジ君だけのメニューじゃなくて、レイにもやってもらうから」
「綾波も?」
隣を伺う。
「わかりました」
レイはいつもの無表情のまま頷いた。
「ほらほら〜レイはやる気よ?」
”いやこれはやる気ってわけじゃ・・・”
と思うものの、上官命令に逆らえるはずがないのも確かなのであった。

まずはパイロットが踊れるように、ということでシンジとレイはレオタードを渡された。当然だが体にピッタリフィットのその服はデザインといい恥ずかしい。
”女の子が着るのはいいかもしれないけどさぁ”
シンジはため息をつく。綾波は似合っている、と思う。けれど自分は。
「見せたくない」
つぶやくがそれが無理なのもわかっていた。
「はい、じゃあ始めましょっか」
ミサトが動きを絵に書き出したものを渡す。動画とこれで動きを確認しながら進めていく。
「む、むり。できるわけないよこんなの」
何度も泣き言をこぼすがミサトはまったく聞く耳ナッシングで
「はいちゃっちゃと起きて〜」
とシンジを追い立てた。
綾波は文句を言わない分、というかシンジほど嫌々ではない分少し覚えが早く、1週間もすると確実に二人の間に差ができていた。
「ほらシンジ君、レイ見て」
とレイに教わるような形になっていた。

「つ、疲れた〜」
エヴァを動かしている方が断然楽だ。プラグ内ではそれほど大きな動きはしない。あくまでも実際に動くのはエヴァだ。疲れないわけではないが、こんな単純な肉体疲労ではない。なんでこんなこと、という思いは未だに根強いこともあり、疲労感は倍増だった。
「綾波は平気そうだね」
休憩時間。冷たすぎず喉にすっきりしたドリンクを飲みながらシンジはレイに声をかけた。
「訓練だもの」
その言い方はそっけない。まぁレイはこれがデフォルトなので、今更シンジも気にはしなかった。
「そっか。僕なんかいまだに恥ずかしくって」
「何が」
「え」
「何が恥ずかしいの」
「え、この格好とかさ。動きもオリジナルが女の子だから振り付け可愛いし、ちょっと」
「私は気にならない」
「うん・・・。綾波はそうかもね」
そんなこんなで、なんとか振り付けを覚えることができた。
「はい、おっけー。んじゃ次の段階に移行ね。今度はエヴァでこれを踊ってもらいます」
本気なんだ・・・。シンジはがっくり肩を落とした。

「じゃあ、今日はエヴァに搭乗しての訓練です」
そういってつれてこられたのは山奥の採石場だった。
「外、ですか」
「だってネルフ内部にエヴァが暴れられる場所なんてないもの」
確かに訓練もバーチャルだったりするし、連動試験場も踊れるかというと疑問だ。
だからといって外。訓練区域として立ち入り禁止にはなっているらしいが、外。
指揮車を初め電源車その他、たくさんの車が来ている。その分スタッフも多い。この中で踊る・・・?
”帰りたい。切実に帰りたい”
シンジはそう思うが状況は進行を続ける。
「じゃあまずレイからね」
スペース的に2体同時での訓練は無理、ということで、上達の早かったレイの零号機が先に踊ることになった。
プラグ内に音楽が流され零号機が動き出す。指揮車内では全ての数値がモニターされていく。
エヴァは大きい。大きいということは腕一つ振るにしてもその移動距離は長く、人間と同じようなスピードで動かすということは末端での移動速度はとんでもないものになる、ということだ。
ブンッ!
ビュンッ!
振り回される腕が怖い。足もステップを踏むと地響きがすごかった。ズン、ズンと鳴る地面。指揮車は小さいこともあり、軽く飛んでいるようだった。
”うわ、これ大丈夫かなぁ”
初号機の中のシンジには大した振動は伝わってこないが、地上は大変そうに見えた。
零号機はがんばって動いていたが、やはりどうしても人のスピードでは動かせないようで、徐々に音楽とずれて行く。前サビが終わり間奏に入る。
「あ」
くるり、と回転しようとしたときにアンビリカルケーブルが零号機に巻きついた。零号機はそのまま足を動かせずに転倒する。
「綾波!」
「レイ、大丈夫? 訓練中止、音止めて」
シンクロしているので転倒時のダメージが多少はパイロットに伝わってしまう。レイは全身に感じた衝撃にしばらく呼吸が止まったが、は、と息を吐いてゆっくりと零号機を起こした。
「大丈夫? レイ」
ミサトが聞く。
「はい」
「そう、とりあえずレイはここまでね。降りていいわ」
そうしてミサトはレイのチェックをしっかり行うよう指示を出す。
「じゃ、初号機ね」
「え、だって今の」
シンジが言う。たぶん二の舞にしかならない。
「うん。外部電源可動ではアンビリカルケーブルが邪魔だってことね。だから内部電源可動で行います」
「えぇっ」
「レイはやったのよ? シンジ君はできないっていうの?」
「う。やります」
としか言いようがなかった。
初号機がスタンバイする。
「じゃ、電源切り替えて」
背部のケーブルが落とされる。初号機は数歩前にでケーブルから離れる。
「では、スタート」
プラグ内に音楽が流れる。

結局。電源云々関係なく、初号機はずっこけた。足が滑ったのだ。土をえぐって初号機は転倒した。
「やっぱりパイロットが動けるからってエヴァまですぐに踊れるようにはならないか」
終了後、指揮車内でミサトが言う。
”やっぱりって、思ってたならやらせないでよ”
シンジは心中で愚痴る。
「どんな感じだった」
「手足がひっぱられるっていうか、重くて。振り回されてる感じがしました」
「同じく」
「うーん。リツコの意見は?」
「感覚のずれ、でしょうね。パワー的には十分あのスピードで動かせるはずだから、慣れれば踊れるでしょ」
ここは”無理”と言って欲しかったなぁと、シンジは天井を見上げた。リツコができるといったのだから、できるようになるまでやらされることは間違いない。
「続けるんですかぁ?」
「もちろん。ちゃんと踊れるようになってもらわないと。成果報告できないもの」
ミサトはウインクをよこす。シンジは大きい大きいため息を吐いた。

それでも繰り返せば何とかなるもので、訓練を重ねる毎に動きは早くなっていった。流石に飛び跳ねると地響きがすごく、崖崩れが発生しそうだとういうことで、そこだけは振りを変えることになった。
1週間チョイ、で何とか零号機も初号機も音楽に遅れることなく動けるようになる。
「はい、じゃぁ今日は二人で並んで踊るわよ。これは録画して成果として残すからね」
「残すんですか」
「当っ然!」
嫌だ〜〜、と思ってもどうにもならない。
自分自身が映るわけではないからいいか、とシンジは無理やり自分を納得させた。

「はい、OK」
シンジがほっと一息ついた。これで終わった。普通の訓練に戻れる。確かにエヴァを動かしやすくなった気がするから、訓練の成果はあったのかもしれないが、こんなの2度とごめんだ。
プラグ内で脱力しているシンジにミサトの声が届く。

「じゃあ、今度はケーブルつけて踊るわよ?」

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