カヲルとシンジがそう言うことになってからも、シンジはミサト達と暮らしていたし、カヲルはチルドレンとして宛がわれた部屋で一人暮らしだった。それはそれで誰に遠慮することなく部屋にシンジを呼べるという環境ではあったが、正直カヲルは満足していなかった。そこで、シンジとの同居生活を画策した。
最初に赤木リツコに手を回したのは、赤木にはバレているだろうという確信があったからだった。勿論、真っ正直に「ラブラブ生活がしたいから」などとは言わなかったが、言いくるめるのは得意な所でもある。赤木相手では簡単ではないとは思ったが、パイロット同士が一緒に生活することの利点や、シンジの性格からミサトとの同居は問題があるだろうことなどを並べ立て、書類にしての提出と言われれば完璧なものを書き上げ、最後にはため息をついた赤木から了承を取り付けた。

赤木も、ミサトとシンジ、アスカの3人同居がそろそろ厳しいとは思っていた所だった。ミサトが作戦課長として忙しくなってきており、家に帰れないことも増えている。そうなると部屋にはシンジとアスカが二人きりになってしまう。
あの二人に何かあるとは思わないものの、「年頃の男女」ではある。対外的な問題として考慮は必要になる。
何よりシンジ一人にいわゆる「生活」が圧し掛かっていることも赤木はよくわかっていた。ミサトにもアスカにも、女性としてだけでなく、一般的な人としての生活能力が不足している。シンジはその大人しい性格から引き受けているが、それがまた良くないことだともわかっていた。
だから、三人の同居解消については文句はなかったが、その代わりにシンジとカヲルの二人暮らしを承認となると素直に認められない事ではあった。

カヲルの予想通り、赤木は二人の関係を知っている。感づいているではなく「知っている」。まぁ見ていれば分かるということも多分にあるのだが(ミサトなどは気付いていないようだが)、彼女はそういう情報を知る立場でもある。さすがにゲンドウの耳には入れていないが、赤木のレベルまでは報告があがってはいた。

シンジの精神的な安定、という意味では良いのかもしれないとは思う。
思うが、渚カヲルという男は底が知れない。いまだにゼーレとの関係は明かではないし、ネルフに対する思惑も不明だ。今となってはシンジを害する事もないだろうが、彼の口から出る言葉が信用できないこともまた事実だ。
ただ二人で生活したい、というのも嘘ではないだろうが、他に何かあるのでは? と勘繰ってしまうのは仕方なかった。

それでもカヲルが言うことに一理も二理もあるのは確かであったし、表面上は同性パイロットの共同生活なのだから、文句はつけられない。
とりあえずは監視はするし、ということで赤木も了承したのだった。

そして今、赤木は了承したことを後悔していた。

「何こいつら? バカ? バカなの?」
絶対ワザとだ、と赤木は内心怒髪天をつきながら、上がってくる報告に巨大なため息が絶えない。報告者も、例えどんな内容であろうとも要不要の判断は赤木がするものだし、伝えないわけにはいかない。そして報告というものは真面目にするものである。あまりにものバカっプルぶりに、自分の仕事を何度となく考え直し、これが仕事か? と頭を抱えたくなっても、やはりそれも仕事なのであった。自分は何も悪くないと心の中で呪文の様に唱えながら報告するしかない。
そして一ヶ月もしないうちに、赤木は報告内容を指示し直した。
曰く、
「バカップルぶりは調べなくてもいいわ」
部下達はこれに嬉し涙を流したという。

カヲルとの同居が始まってすぐの頃は、あまりのカヲルの押しに流されるようにして過剰とも思えるスキンシップを取っていたが、最近は落ちついたなとシンジは息を吐いた。それが実はカヲルの目論見であったなどと言うことに気付くシンジではない。
あまりの過剰ぶりに、このままでは作戦に支障が出るのではないかとシンジは心から心配していたが、今はごく普通のレベルになっている(とはいえ、どのくらいが普通かなどということをシンジがわかっているわけではない)。
起きてキス、出掛ける時にキス、帰ってきてキス、押し倒されて、寝る前にキス。
そんな感じの生活である。シンジはそれでもそれを普通と受け入れていた。
ミサト達との暮らしに比べれば、カヲルは何でも手伝ってくれるし、シンジに任せて知らんぷりなどはしない。
同居以前はシンジが嫌だといってもネルフ内で行為に及ぶこともあったが、今では帰ればできるからか止めてくれる。それでもほんとうに時々、されてしまうことはあるのだが。
そんな感じでシンジにとっては戸惑いはあるけれど、安寧な生活だった。

ミサトとアスカはそれぞれ一人暮らしになった。
二人で同居、という案もあったのだが、それはどちらもが嫌がった。「こんなのと暮らせるもんですか!」はアスカの台詞だが、ミサトもアスカと二人というのは正直しんどいと思っていた。
結果、それぞれが一人で暮らすことになった。
最初は今までと同じマンションでフロアを変えて別居、という話だったのだが、これにはカヲルが強固に反対した。結局シンジのところに入り浸る、というのがカヲルの意見だったが、実際そうなった。
部屋が分かれても結局は「シンジく〜ん」「シンジ、やっといて」と二人ともにシンジを当てにする。
カヲルがこれにキレて早々に二人は別のマンションへと振り分けられた。
一応、二人は同じマンションである。が、ほとんど行き来はない。
ミサトは不便を感じながらも、シンジが来るまでは一人暮らしだったので、その頃に戻っただけと、グダグダな一人暮らしを再開させた。
問題はアスカだった。ドイツにいた頃は勉学やパイロットとしての実験などで家のことは継母に任せ切りだったし、こっちに来てからはシンジがいた。炊事、掃除、洗濯。今はほとんどが電化しているから、慣れればできるようにはなったが、四角い部屋を丸く掃くような生活で乱雑さが目立つ。シンジに比べればどうしても落ちる。それでも「できない」ことが許せない性格なので頑張ってはいた。
ネルフに来てもどこか疲れた顔をするアスカをみると、「手伝おうか」とシンジは言いたくなったが、それはカヲルに止められていた。アスカの為にならないと。確かにそう思う。だから時々、作りすぎたといっては惣菜などをパックに入れて渡すくらいで我慢していた。
それでも二ヶ月ほどで自分のペースを掴んだのか、アスカも以前の調子に戻りつつあった。絶対に部屋には入れてくれなかったが。

訓練終了後、シンジとカヲルが赤木に呼ばれた。赤木の部屋をたずねるとレイがいた。
「しばらくレイと同居して欲しいんだけど」
赤木の言葉にあからさまに嫌な顔をしたのはカヲル。赤木はそれを見て心の中で親指を立てる。
「レイの住んでいるマンションの建替えをするの。その間、レイを貴方達の所でお願いするわ」
シンジはレイの住んでいる部屋を知っていたからその言葉だけで納得した。
「どうして僕らの所へ? 同じマンションっていうのはいいけど、別に他の部屋だっていいじゃないか」
カヲルは文句を言った。
「レイの希望なのよ」
「レイの?」
そう言って見るとレイは小さく肯いた。カヲルは本当か? と訝しむ。
「そう長くはないわ。最優先で進めさせるし、三ヶ月くらいでいいの」
「三ヶ月?!」
カヲルは不服を隠さない。
「いいじゃない、カヲル君。三ヶ月くらいすぐだよ」
「じゃあ、シンジ君はいいのね」
「はい、綾波の希望なら」
ぴくっとカヲルが反応する。
「渚君は?」
「・・・・・・シンジ君がいいなら」
ここであまりゴネてシンジに悪い印象を持たれたくない。そんな気持が出まくっている態度だった。
「じゃあ、明日から、お願いね」
赤木は貴重な心からの笑みを零した。

そうして三人の同居が始まった。
その話を聞いた時、アスカは「だったら自分も同居で良かったじゃないか」と過去を持ちだして文句を言ったが、それはレイが「三ヶ月したら出ていくわ」と言ったので終わってしまった。
レイは言われたことは素直にするが、どこか無頓着だった。自分の希望を口にすることはなく、一度、シンジがレイの嗜好を忘れていてトリの唐揚げを出したときも、何も言わずに残した。
「あれ? 綾波、トリ嫌いだっけ?・・・・・・あ! ごめん。肉駄目だって言ってたっけ」
「別に、サラダもあるし大丈夫」
「でも少ないだろう? 何か、えっと、そうだ! 豆腐あるから、ごめん冷奴でいい?」
あわてて立ちあがって冷蔵庫を開けるシンジに、レイはぼそっと
「いいのに」
と呟く。カヲルも
「出されたものを食べておけばいいんだよ」
とブスっといった。
「ごめんなさい」
レイの言葉にカヲルが視線を向ける。レイはいつもの無表情でカヲルを見ていた。
「同居」
食事のことかと思っていたが、口にされたのは違う単語だった。隠すつもりもなかったからこの同居を嫌がっているのはわかっているとは思っていたけれど、こうしてはっきり言われたのは初めてだった。
「分かってるならなんで」
「羨ましかったの」
「・・・・・・」
カヲルは視線をはずしてから揚げを口に入れる。
「ごめん。オクラでもあればよかったんだけど何もなくて」
シンジが鰹節をかけた冷奴を置く。
「ありがとう」
レイはほんの少しだけ口の端を上げて言った。

その後、カヲルはレイに対して文句も言わなくなった。
二人の会話を聞いていなかったシンジには、どうして急にカヲルが黙ったのかはわからなかったが、とりあえず二人が仲良くしていることは良いことだと思って喜んでいる。
三人の生活はごく普通に流れて行くが、時々レイは予想外の行動をした。
一人暮らしの時のまま、お風呂上りにバスタオル一枚でレイが出てきたときにはシンジも、さすがのカヲルもびっくりして声を上げてしまう。
真っ赤になって何も言えないシンジに代わってカヲルが「もうちょっと考えろ」といって脱衣所に押し込んだ。
それから出てきたレイに延々と説教を始めたのもカヲルだった。
レイは大人しく聞いていたが、理解したかは怪しかった。
それでもそれからはタオル一枚で歩き回ることはなくなった。
それ以降シンジは何かをするときには必ずレイに声をかけるようになった。
レイの部屋を知っているシンジは、レイもたぶん、何もできないと推測していた。だから、三ヶ月たったらまた一人暮らしに戻るレイに、少しでも家事を覚えてもらおうと考えた。
洗濯の仕方、簡単な料理、日々のちょっとした「生活の工夫」など。
レイもメモをとったりはしなかったが、シンジの気持を汲み取ったのか、以前は乾いたものをそのまま押し込んでいた棚も、畳んでしまうようになったりと微妙な変化を見せ始めていた。

レイの「うらやましかった」という気持も、シンジがレイを気にする気持もわかるカヲルは、それを黙って見てはいたけれど面白くはなかった。それにレイが来てからは、聞こえるからとシンジはカヲルを拒んでいる。
レイが遅いときやネルフでなど隙を見ては手を出してはいるが、それで満足できるカヲルではない。
三ヶ月!
そう思うとレイの前で襲ってやろうかとまで考えてしまう。
たぶんレイは気にしない。さりげなく席を外してくれるだろう。自分に都合のいい想像だが、余り外れていない気がするとカヲルは考える。
レイが、シンジのことを気に入っているのは十分わかっている。
けれどこればかりは何があっても誰であっても譲るつもりはない。
レイが帰ったらいっぱいいっぱいいっぱい!・・・・・・

そうして三ヶ月。同居も後少しとなった。
「もうすぐ綾波もいなくなっちゃうのかぁ」
少し寂しげなシンジの言葉に、レイは表情を変えることなく答える。
「カヲルは喜ぶと思うわ」
「そうかなぁ。結構寂しいと思うんだけど」
「碇君は寂しがってくれるのね」
「カヲル君もだって!」
「どうかしら」
なんだかんだと三人の暮らしは愉しかったから、カヲルもきっと寂しいと思うだろうとシンジは思っている。
そのカヲルは今日は呼び出し居残りで遅く、二人はリビングでカヲルの帰りを待っていた。
「新しいマンションどう? 僕まだ見せてもらってないんだけど、綺麗なの?」
「別に、ここと同じよ。必要なものは全部ついてるし」
「キッチンの感じとか間取りとか、こういう家具が良いなぁとかないの?」
「気にしても変わらないもの」
「それはそうかもしれないけど。今度一度遊びに行くよ。あの部屋がどうなったのか興味ある」
「前だってそんなに暮らしにくくはなかったけど」
その言葉が嘘ではないと感じられるところがレイの問題だとシンジは思うのだが。
「アスカだったらかなり文句を言う環境だったと思うんだけど」
自分だってたぶん文句を言うだろうとシンジは言った。
「そう?」
そんな話をしていたら玄関が開く音がした。
「あ、カヲル君だ」
「じゃあ、ご飯の準備ね」
そう言って二人とも立ちあがる。シンジは玄関へ、レイは台所へ向かおうとしてレイの足が引っかかってしまう。
「あ」
そう言って転びそうになったレイをシンジが抱き寄せるようにして支える。その時、ふわっとレイの髪の匂いがした。女の子なんだからもっと良いものを、とシンジは思ったがレイはシンジ達と同じ物を平気で使っていたから、今では同じシャンプーの匂いがする。
”あ、カヲル君と同じ匂いだ”
自分も同じ匂いなわけだが、自分の匂いはわからない。ただ髪から香る匂いはそのままカヲルとの色々な事を思い出させてしまう。普段は気にしていないのに以外と覚えているものだと感心する一方で、思い出した内容にシンジは一人赤面する。いつも抱き寄せられる一方でこんな風にカヲルに自分から手を伸ばすことはない。引き寄せたらやっぱりこんな風に髪の匂いがするんだろうなと考える。
「ごめんなさい」
そう言ってレイが離れる。
「大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。お帰りなさい、カヲル」
レイの視線の先に、リビングのドアを開けたままのカヲルが立っていた。
「あ、お帰りカヲル君」
「・・・・・・ただいま」
カヲルの顔が微妙に強張っていることに、二人とも気付かない。
「ご飯にするね」
そう言って二人でテーブルに食事を並べて行く。

カヲルが丁度リビングのドアを開けた時、レイを抱きこんでいるシンジが見えた。体勢だけなら、転び掛けたレイをシンジが支えた、で納得できた。けれどシンジがさっと顔を赤らめたのを、カヲルは見逃さなかった。
”シンジ君が、レイを抱きとめて赤くなった”
たったそれだけのことなのに、カヲルは不安になる。
もしかしたらシンジはレイが好きなのか?
レイがシンジを好ましく思っていることは知っていた。けれど、それはレイの一方的なものだと思っていたから。シンジが好きなのは自分だと思っていたから、気にしたことはなかった。けれど、シンジはどちらかといえばカヲルの押しの強さに負けてカヲルを好きになってくれた感がある。やっぱり女の子がいいとか、もしかしたら本当はレイを好きだったとか、そういう事なんだろうか。
そう思ってしまうと二人の談笑も気になって仕方がない。
シンジがレイに笑顔を向けることさえ、疑心を呼ぶ。
疑うけれど聞けなくて、カヲルは悶々と二人を見ていた。
その後、二人になったときに、故意にふら付いてシンジに倒れ込んでみたりしたけれど、シンジは真面目に心配してくれるだけで、赤面はしなかった。シンジにしてみれば、普段あまりそんな風にふら付いたりしないカヲルがよろけるのを見て、居残りがしんどかったのかなどと心配になっただけなのだが、カヲルは物足りない。
考えれば考えるほど、シンジは自分が思うほど自分を好きではないのではないかと気になってし方がない。けれどそれを表に出すこともプライドが邪魔してできなかった。
それからレイが引っ越すまでに数日を、カヲルは本当にモヤモヤした気持で過ごした。

レイが新しいマンションに帰って行った。
久しぶりの二人きりの部屋は、シンジにはどこか寂しく感じられる。ミサト達との同居が解消されたときも少し感じた。人がいなくなると本当に部屋の温度が下がったみたいな気がする。
「今度綾波の部屋にも行ってみたいね」
二人でソファに座った状態でシンジはカヲルに笑いかける。カヲルはといえばもうずっとレイとシンジのことを勘繰っていたから”それはどう言う意味で?”と考えてしまう。
折角待ちに待った二人きりの夜なのに。二人きりになれたことをシンジは喜んではくれていない。シンジの性格からそれは予想できることなのに、今のカヲルにそんな余裕はなかった。
「シンジ君はレイが好き?」
カヲルが真面目な顔で聞く。
「え? 嫌いじゃないけど」
その表情に戸惑いながらシンジは答える。
「そう」
「どうしたのカヲル君。なんか変だよ」
ここ数日なんだかすっきりしない顔をしていることはシンジも気にしていた。この間ふらついたことといい、体調でも悪いのだろうか。
心配して伸ばしたシンジの手をカヲルは強く引いてすっぽりと抱き込む。
「カヲル君?!」
びっくりして離れようとするシンジの頭に手を回して引き寄せて、その唇を塞ぐ。わずかに開いた隙間から舌を滑り込ませて中を探る。
「ン」
かなりの時間、その口を塞いで、最後にそっと下唇を挟んでから離す。
「カヲル君」
急なカヲルの行動の意味がわからない。
「僕はシンジ君が好きなんだ」
目を見ながら、カヲルは言う。シンジの心に向けて。シンジの中に届くように。
シンジはそんな風に言われるのにまだ慣れなくて、その視線を受けとめているのが恥ずかしくて、真っ赤になって逃げようとした。それがカヲルの気に触る。
「君はレイが好きなの?」
両手首を強く掴んでソファの背に押しつける。
「え? 何言って」
シンジにはわけがわからない。どうしてレイの話になるのか、レイが好きってどういうことだろう。
「もしそうだとしてももう駄目だから」
「何が」
「君は僕のものだ」
そう言ってカヲルはシンジをソファの背から座面に押しつける。もう一度唇を塞いで、手はズボンの中へ入れて握る。
「ン!」
カヲルの性急な行為にシンジの頭は混乱を極める。どうして? そんな疑問符ばかりが浮かんで、抵抗しても全部押さえつけられてしまう。
「止めてよ」
「こんなの嫌だよ」
なんとかカヲルに訴えるがまるで聞いてくれない。カヲルの目が怒っている様にも見えて怖いとまで感じてしまう。
今までも結構強引に押し倒されたことはあるけれど、カヲル自身は笑っていて、それこそ歯が浮くような台詞なんかを沢山並べて宥める様にしてくれていた。こんな風に何も言わず、シンジの言葉も聞かずにというのは初めてで、シンジは泣きたくなる。
カヲルはといえば、普段だって「嫌だ」なんて普通に言われているのに、今回ばかりはそれを流せずに聞いてしまう。今までも本当は嫌だったのかと思う。何度も何度も体を繋げて、シンジだって気持良さそうにしていたのに。時々は「好きだ」とも言ってくれたのに。
やっぱりレイが好きなのか。

どのくらい経ったかもわからない頃にカヲルの動きが止まって、シンジは終わったとホッとした。けれど、カヲルは抜く気配も見せずにそのままシンジの体を返した。

長い長い時間が経ったように思えた。シンジはもう疲れ切っていた。怖いとか嫌だとかさえもう思わない。ぼうっとした頭で見下ろすカヲルを見つめる。なんだか翳んで歪んでいたけれど、泣いている様に見えた。
ゆっくりとカヲルの顔が降りてきて、軽く唇に触れる。
「僕は、カヲル君が好きだよ?」
離れて行く唇に向かって、小さく、シンジは告げる。
「でも本当はレイが好きなんじゃないのかい」
カヲルが言う。どうしてここでレイの名前が出るのか、シンジにはやっぱりわからない。
「どうして綾波の名前が出るの」
「この間、顔を赤くしてただろう」
言われてもシンジはすぐにはわからなかった。考えてやっと思い当たる。思い当たったらおかしくなった。
「カヲル君って、意外とバカなんだね」
力なく笑ってシンジは言う。
「違うの」
「違うよ」
「よかった」
シンジの背に腕を入れてカヲルがしがみ付くようにシンジを抱き締める。その背を軽くあやしてシンジはもう一度言う。
「僕は、カヲル君が好きだよ」

それからしばらくして、シンジとカヲルはレイの新しいマンションを訪ねた。
レイのマンションだけを先に建替えたため、周囲の廃墟のような風景の中で異様に浮きあがっている。以前の部屋はその廃墟のような状態だったのだとシンジに聞いたカヲルは、信じられないと思い、そしてシンジが素直に受け入れた理由もわかった。女の子が一人で住むような場所じゃない。
基本的な中の造りは二人のマンションと変わらない感じだが、やはり新しい分綺麗に見える。
レイが珈琲を入れてくれた。
「どう? 新しいマンション」
「別に。変わらないわ」
周囲との歴然としすぎる差に懸念を抱いていたカヲルが聞く。
「セキュリティとか大丈夫なのかい」
「ネルフからの監視もあるの」
「なら、いいけど」
シンジが聞く。
「他の棟も建て直すのかな」
「そう聞いてるわ」
「じゃあ結構うるさくなるんじゃない」
「この部屋、防音もしてあるから」
レイは淡々と答える。でもすぐ隣なんかが建替えられると物凄くうるさいだろうと思われた。
「またしばらくうちにくればいいさ」
カヲルが言った言葉にレイもシンジもびっくりしてカヲルを見てしまう。
「いいの?」
レイの問に
「三ヶ月は駄目だけどね」
カヲルが答える。
「ついでにシンジ君に色々習うといいよ。今度は紅茶を出してくれると嬉しいな」
「そうするわ」
そう言って三人で笑った。


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