午後の心地よい風が吹く街路をカヲルは歩いていた。
この地の冬は寒いけれど、今はまだ雪も積もっていない。体温を奪う凍えた風が吹くこともあったが今日は穏やかだ。
それでもコートにマフラーと冬の装備を忘れることはできない。

週末は暇を持てあます。この地の人たちは週末は家事にいそしみ日曜大工めいたことをよくするらしいが、カヲルにはそういう趣味はない。部屋も常々片付けているので今更改めて念入りに磨くところもない。シンジを誘えれば良かったけれど、恋人が(男だという)できてからはあまり誘いに乗ってくれることもなく、こちらとしても誘い辛かった。
「ハァ」
知らずため息が零れる。
気持ちのままうつむき加減で歩いていたけれど、ますます気がふさぎそうだったので、フッと息を吸い背を伸ばす。
と、向こうにシンジが見えた。
ダッフルコートを着て抱えるように紙袋を持っている。隣を歩くのは背が高くコートの良く似合う美丈夫だった。
シンジはとても嬉しそうに笑っている。

“あぁ”

カヲルの足が止まる。
「あ、カヲル君」
シンジがこちらに気づく。
「やあ、偶然だねシンジ君」
くだらない日常会話をこなしながらカヲルは考える。“この人がそうなんだろう”と。
同居人だと言われたけれど、ただ暮らしているだけではないのだろう。気にはなったけれど視線を向けることが嫌で、カヲルはシンジだけを見ていた。
“僕だって好きなのに”
けれどそれを告げる勇気が出ない。
「じゃあまた学校で」
シンジが手を挙げて去っていくのをしばし見送る。そして数歩歩いて、それからもう一度振り返った。

シンジの表情は自分に向けたものと違うだろうか?
“僕じゃダメなのかな?”
俯くように前を向いて少し足早にその場を去る。

ルートヴィヒは暫く経って、もう相手が見えないだろうという頃に少しだけ後ろを伺った。彼の姿はもう随分小さい。少しその背が丸く見えるのは恐らく気のせいではないだろう。
シンジはまるきり気づいていない様だったけれど、ルートヴィヒにはわかった。
彼もシンジが好きで、そしてまだ何も告げていないことを。告げられないでいることを。
自分がシンジを手に入れられたのは、ただ運が良かっただけかもしれないと少し思う。

もし自分の方が遅かったら。

けれど今こうしてシンジの隣を歩くのは自分だし、触れられるのも自分だった。

家まであと1区画というくらいになって、ルートヴィヒはシンジの背に手を回して少し引き寄せた。以前はこのくらいでも硬直して顔も真っ赤にしていたものだが、今では寄り添うようにしてくれる。
これが自分の望んだものであり、手に入れたものだ。

手放さない。誰にも渡さない。


ポロポロと涙を零し、身も世もなく声をあげる。
最初の頃は、本当に壊してしまいそうで怖くて、恐々抱いていた。止めたほうがいいのかもしれないと思ったこともあったが、答えてくれるとわかれば手を伸ばさずにはいられなかった。シンジはいろんな意味でこういう事への抵抗を持ってはいるようだったが、それでも口付ければ答えようとしてくれたし、このごろは一方的にされるだけでなく、しようとしてくれる。サイズ的な問題はあるものの、一生懸命に口を開き舌を伸ばす姿を見ていれば、それだけで体は十二分に火がついた。
自分以外を知らない体。駆け引きや技巧などを知らない素直さは触れれば簡単に沸点に達する。熱に浮かされた状態で乱れる姿を眺めながらルートヴィヒは“俺のものだ”と思う。
傲慢な所有欲に口元が歪む。。

泣きながら背を反らせ震え声を抑える事もできず、口の端から唾液を垂らしシーツを握りしめ、それでも受け止めきれずに悶える。

啼かせたい。
けれども。
泣かせたくはない。

涙をこぼす姿を見たいけれどそれは決して傷つけたいわけではなく。

腕の中に封じて揺すり上げる。
痙攣し締めつけて意識を飛ばした後、くたりとした体を抱き込み顔中にキスを落とす。
「・・・」
何かを音にしようと口を開き、それは音にはならず。
ルートヴィヒは力の抜けた体を抱えなおして口付けた。

ぽっかりと目が開いた。疲れているはずなのに目だけが何故か冴えている。でも思考は寝ぼけているように緩んでみえる。
シンジはゆっくりと体を起こす。と視界に入るのは大きな体だ。目の前の腕に腕を絡める。
人肌は、気持ちいい。抱かれている時はもう熱くて熱くておかしくなっているからちょっと辛いけれど、こうして触れる肌は心地よい。
「どうした」
問われて首を振る。何かあったわけじゃなくてただ目の前に腕があったから。こうして縋ってもいい腕が、自分に許されたものがあるから手を伸ばしただけ。
反対の手でくしゃっと頭を撫でられる。くすりと笑ってその人の顔を見上げる。
最小限の動きだけの微笑み。シンジはその笑みが好きだった。
強面に見える時もあるけど優しい。表情が目が空気が優しい。
その顔に向かって手を伸ばしながら、こんなことをするなんてかなり自分は寝ぼけてるんだなと思う。
首に腕を回して軽く口づけてそのままぎゅっと抱きついた。
胸が合わさってお互いの鼓動が響く。今は少し落ち着いていてそのリズムは緩やかだ。
ルートヴィヒは細いシンジの背を抱き片手でその黒髪を梳く。
「珍しいな」
つぶやき。
うん、僕もそう思う。でもなんか今はこうしたい気分だから。

あったかいな。
そう思ったら冴えていた目がとろりと落ちてきた。気持ちいい。
「“お父さん”みたい」
それは日本語で、ルートヴィヒの耳には意味を持って届かなかった。
「何だ?」
問われてももう答えるほどの意識は残っておらず、すぅとシンジは眠りにつく。
軽い寝息を聞いてルートヴィヒはシンジを抱えたまま横になり、シーツをかぶった。

お話へ

チン。
小さい音が聞こえた一瞬の間に体が身構える。すぐに大きなベルの音が邸内に響いた。
日本の電話は未だに黒電話だ。別個に光ケーブルも来ているし、携帯も持っているので、情報通信に問題はない。色々なものが便利になったおかげで、逆に家の電話くらいは黒電話のままでも問題がない状況になった。
確かに音はうるさいけれど、その音にももう馴染んでいるし、立地条件的にも近所迷惑になることもない。使えなくなるまではこれで行くつもりだった。
ジリリリリとがなる黒い機械に「はいはい」などと言いながら受話器に手を伸ばす。
ドイツだった。
「珍しいですね、電話を下さるなんて。何かありましたか?」
ドイツは用事もないのに電話をしてくるタイプではない。これがイタリアあたりだと、ただ話したくて掛けてきたりもするのだが、ドイツはいつも用件のみで終わらせる。
”いや、日本に頼みがあってだな”
「どういった事でしょう。アメリカさんのような無理難題でなければお聞きしますよ」
苦笑しながら言う。いつものドイツであれば、少しは笑ってくれるところだった。
”難題、ということはないと思うが、私用ではあるな”
口調を変えることなく答える様子に、いつもと違うことを悟る。
”その、日本で今人気の、なんといったかな。エヴァ、なんとかというアニメがあるだろう”
それで日本には十分だった。
「・・・お送りすればいいんですね」
そのような答えが返ってくるとは思わなかったらしいドイツが戸惑う。
”え? ぁ”
「欲しいのでしょう?」
”そうだが”
どうして? と言外に漂う。
”他の国からも、頼まれたりしているのか?”
確かに欲しいとは言われたけれども。
「ドイツさんがそう言って来られるんじゃないかと思っていたんです」
”それはどういう意味だ”
日本は答えたものか少し迷う。
「・・・よろしければ教えて頂きたいのですが、このアニメのことをどのように聞かれていますか?」
”おもしろい、と”
「確かにおもしろくはありますが・・・」
日本は迷った。どう言えばいいのだろう。
「・・・あまり幸せな終わり方をしていませんが、それでも宜しいですか?」
少し、沈黙があった。
”いい。とりあえず見てみたいだけだ”
「そうですか」
わかっていてそれでも、というのであれば大丈夫だろうと思う。
”日本”
「はい」
”お前は何か知っているのか?”
知っている、わけではなかった。ただ、
「貴方の顔が浮かぶんです」
世界に誇るオタク文化発祥の地であり、自身もオタクである日本だ。このアニメについては放映前から注目していた。かなり問題のある終わり方をした上に、映画もかなり複雑な終わり方をしたけれども、それでも日本はこの作品に惹かれていた。日本にしては珍しく、男性主人公に思い入れもあった。ヒーローらしくない姿が妙に気を引く。
ただ、第1話を見たときから、どうしてかドイツの顔が浮かぶのだった。それもあまり良い顔ではなく、泣いていたり悲しそうにしている顔だった。
作中に名前だけとは言えドイツが出てくるから? そうも思ったけれども、それにしてもおかしかった。
ましてや日本は、ドイツが泣いているところなど見た記憶はなかった。あの苦しい時代であっても、日本の前で泣いたことはない。
なのに見たかのように泣き顔が浮かぶものだから、日本はこの作品を見るのに少しだけ苦労した。
だから、何かあるんだろうなと、ぼんやりと思っていたのだった。自分からドイツにこの話をすべきかどうか迷ったけれど、踏ん切りがつかずにそのままにしていた。
「貴方が泣くのではないかと」
日本の話を聞いたドイツはすぐには答えなかった。少し、間をおいて。
”構わない。ただ見たいんだ”
ぼそりとつぶやくように言う。
わかりましたと日本は答え、すぐにお送りしますね、と電話を切る。
これを見たドイツがどう思うのか、どうなるのか。
後でfollowしておくべきでしょうね、と考えながら、日本は配送手続きに立ち上がった。

2009-07-02 up
夢オチのその後。
ドイツも覚えているわけではないけど、たぶん映画で号泣だな。
混線夢で一応日本他、何人かは紹介されてるつもり。