池でよく鯉なんかが水面に顔を出してパクパクしている。
あれが実際は何をしているのかなんて知らないけれど、僕には必死に酸素を吸い込んでいるように見える。
水の中にいて、エラで呼吸する種族だって知ってはいるけれど、時々大丈夫なのかななんて思う。
死にかけの、まるで僕みたいだ。
借家だったらしいけれど、一軒家に住んでいた。でも母さんが死んでしばらくして、父さんはマンションを買った。
学校は変わらなくてもよかったけど、仲の良かったカヲル君とは離れてしまった。それからは学校でしか会っていない。
家のことは今は全部自分でしている。
父さんは僕に料理の仕方とかは教えてくれなかったけれど、お金の使い方やコンビニでの買い物、病院にかかる方法なんかは教えてくれた。お金についてもかなり自由にできた。
最初のうちは自由にできるお金というものに喜んで、遊びや物に沢山使ったけど、父さんからは特に何も言われなかった。
物ばかり増えるのに飽き、コンビニ弁当にも飽きた頃、僕は自分で料理を始めた。学校の家庭科で習ったものの復習から初めて、簡単な料理の本を買い、少しずつ試していく。今では普通に1食3品くらいは作れるし、レシピを見ないで作れる料理も増えた。
父さんの帰りは気まぐれで、しばらくは2人分の食事を用意していたけど1ヶ月でやめてしまった。置いておけば食べてくれているようだけれど、うまいともまずいとも、何とも言われないのは、欲しいとかいらないとかさえも言われないのは虚しかった。
今でも父さんの帰りは気まぐれだ。
特に何かがあったわけではないんだけれど、いわゆる鍵っ子になって家のことをしなければいけなくなると、友達と遊ぶ時間は減った。そうでなくても学年が進むに連れて塾へ行く子が増えて、放課後も一緒に遊ぶということはなくなっていく。
家の事など何もしないで文句ばかり言っているような子達の会話を聞いていると、思わずため息が出そうになったりして、僕の方から少しずつ離れていったのもある。
それでも、下手な事をすれば気まぐれでいじめの対象なんかにならないとも限らない。
自分がそういう立ち回りがうまいとは思わない。だから自分なりにそれでも必死にうまくクラスでやっていこうとはしていた。
その結果が愛想笑いだったんだと思う。
最初はまったく自覚がなくて、指摘された頃にはもうほとんど癖みたいになっていた。
「シンジ君はいつ見ても笑ってるね」
残っている母さんの写真も笑った顔ばかりで、母さんみたいになろうとした、というのもあったんだけれど。
カヲル君とは母さんが生きているころご近所だった。
お互いの家を行き来してよく遊んだ。
家が離れて学校でしか会えなくなっても、それでも学校ではよく一緒に居たし、1番仲が良いと思っていた。
だから僕としてはどうしてかはわからなかった。
中学に入ってから時折、カヲル君が意地悪を言うようになって、だんだん態度も冷たくなって、僕以外のクラスメイトとつるんで僕に冷たく当たるようになった。
教科書やノートに落書きされて、鞄や靴を隠されて、ごみを入れられたりする。
あんまり怒りという感情はなかった。しばらくの辛抱と思っていたし、どうしようといった途方に暮れた感じが強くて、どちらかと言えば悲しかった。
それでも僕は何となくだけれど笑ってしまっていたらしい。
それが気に入らないといじめはますますエスカレートして、カヲル君とは関係ない所で、集団で殴られるようになった。皆いろんな情報を手に入れているから「どうやったらバレずにいじめられるか」なんて簡単みたいで、誰も見えるところに跡が残るようなことはしなかった。
本当に、みんな感心するくらいうまく僕をいじめた。
先生達は微塵も気付いてないだろう。
パターンからは外れない程度に色々とされたけれど、僕はできるだけ反応しないようにしていた。
いや、どちらかといえばいつもと同じように笑っていた。
気持悪いと思ってくれればそのうち飽きてくれるんじゃないかという魂胆もあったけど。
たばこの火を押しつけられた時も、跡が残るなぁと思うと笑ってしまった。
魂胆通り気味悪がられて、ボコにされたけどそれでも僕は笑っていた。
もしかしたら少しおかしいのかもしれないなとは思う。
自分でもそう思うくらいだから、皆もそう思ってくれたようで、段々と僕にちょっかい出す数は減っていき、カヲル君だけになった。
カヲル君だけは、前面に立ってはいなかったけれどずっと僕に嫌がらせをしていたし、今でも飽きずに続けている。
カヲル君の友達が、もう止めろって言ってはいるけれど、聞く気はないみたいだった。
意地になっているようにも見えた。
だから僕はもうカヲル君に何をされても何を言われても気にならなくなってきていたのに、なぜかその時はダメだったのだ。
キーホルダーがなくなっていた。
それだけのことだった。
千切れて残った鍵を見た時に、僕の中の何かが飛んだ。
「カヲル君だよね?」
そう言って僕は、カヲル君を見据えて笑った。今までの愛想笑いじゃない、状況さえ考えなければ特上とも言える顔で。
そしてつかつかとカヲル君に近づきその胸座をつかみ引き寄せると、僕はカヲル君にキスをした。
クラスの皆が一瞬凍り付いたのがわかった。カヲル君も凍ってた。唇を合わせただけのキスだったけれど、僕は頭の中でゆっくりと10数えてから唇を離した。
呆然としたカヲル君を見ながら口元を拭う。
「ごちそうさま」
そう言ってもう一度、意識してにっこり笑うと鞄を持って教室を出ていった。
その夜、カヲル君が家へ来た。このマンションに来てくれたのは本当に久しぶりだった。
「うち、覚えていてくれたんだ」
そう問うと
「当たり前だろう」
とぶすっとした答えがあった。
招き入れたカヲル君はわずかに眉を寄せた不機嫌そうな顔でずっと黙っている。今日のことを怒っているのか、それとも逆に謝りに来たのかもわからない。黙っていても埒があかないので声をかけた。
「お茶でも飲む?」
カヲル君は一瞬だけ顔を上げて、すぐにまた俯くとやっぱり不機嫌そうに
「・・・・・・うん」
と返事をする。キッチンで準備している間も、カヲル君の視線はちらちらと僕を伺いながらすぐ落ちてしまっていた。言いたいことがあるなら言えばいいのに。カヲル君らしくないなと思う。僕に意地悪する時はもうそれはそれは綺麗に回る口なのに。
「どうぞ」
そういって茶葉からいれた紅茶を出す。最近気に入っている銘柄で、安いのにそこそこうまい。
カヲル君は一口、口をつけてこくりと飲み下して小さく息を吐く。それから顔を上げて
「ごめん」
そう言った。なんだ、謝りに来たんだと思って
「何が?」
と返したら「これ」となくなったキーホルダーをテーブルに置いた。
「ああ。捨てちゃったんだと思ってた。ありがとう」
そう言ってキーホルダーを手に取って転がす。
「あんなに怒るとは思わなかったから・・・・・・」
俯いて小さく言う姿は僕をいじめてる時とはえらく違う。根本的に良い人っていうか、変わってないっていうのはわかってたけど、こんなことで謝るくらいなら最初からしなきゃいいのにと思う。
・・・・・・相変らず綺麗な外見だよなぁ。
「でもどうして、キスなんてしたのさ」
顔を上げて言いながら、でも最後はちょっと視線は沈むのがおかしい。
「さっき自分で言ったじゃない。怒ったんだよ。カヲル君が僕の大事なキーホルダー、壊しちゃったから」
即答してそれから、
「カヲル君、もしかして初めてだった?」
って聞く。カヲル君は女子に人気があるって聞いてたから、キスくらいは経験あるかも、なんて思っていたけど、少し赤くなって俯いた様子からはそんなことはなさそうに思えた。そして
「シンジ君は違うの?」
と聞いてくる。カヲル君でまだなら、たぶん、まだの奴が大半なんだろうなぁって思いながら、
「何度もしたことあるよ」
って”当然でしょう?”って顔で答えたら、カヲル君は大きく目を見開いて僕を見た。その顔がおかしくて笑う。
「キスなんて簡単な事だよ」
そう、キスなんて簡単なことだ。
「なんならもう一度しようか? 今度はちゃんとしたやつ」
大きな音を立てて椅子から立ちあがると、テーブルを挟んだまま学校でした時のようにカヲル君の胸座を引き寄せて口付ける。急だったからちゃんと閉ざされてない唇から僕は自分の舌を滑り込ませた。
「ん」
僕の体を一生懸命跳ね除けようとして、手をかけているけどテーブル分の距離が邪魔して押し切れていない。顔を逸らそうとしても僕が引く力のほうが強かった。
唇と一緒に手も離すとカヲル君は噎せたようにゲホゲホ言って椅子にくずれる。僕はそっと時計を見る。そしてテーブルを回り込んでカヲル君の側に立つ。
「ねえ、カヲル君。してみたくない?」
まだ整わない息で僕を見上げたカヲル君は、ぽかんとした表情だ。その頬に手を沿えてもう一度キスをする。そしてもう一方の手でカヲル君の股間を軽く握った。そしたら一瞬体を硬直させて、カヲル君は僕を突き飛ばした。
「何するんだよ!」
「セックス」
「男同士だ!!」
「そんなの関係ないよ」
僕はゆっくりとカヲル君に近づく。カヲル君はまだパニック中なのか動きが鈍い。だから首に手を回し深く口付けてるのは思ったより簡単だった。舌をさし込んでカヲル君の舌を押す。上顎を舐めてもう一度舌に。それから足の間に膝を入れて軽く擦った。カヲル君の手が僕の肩に掛かっていたけど力は入っていなかった。僕は調子に乗る。口の中を舐めまわす。思った以上に甘い感じがする。
もう少し暴れるかと思っていたのにそれほどでもなくて、例えカヲル君でも男の体をその気にさせるのなんて、とても簡単なんだなと思った。
手馴れた感じで息継ぎをしながらキスを続ける。その間に少しずつボタンを外してベルトを緩めて直に触れたけど、もう抵抗はない。
一度顔を離してカヲル君を見る。目が潤んで白い肌が赤くなって息も上がってて少し汗ばんでて。カヲル君をこんな風にしているのが僕だと思うとぞくぞくした。
それから今度はカヲル君自身を咥えてみる。太さも長さも違うからちょっと戸惑ったけど、どの辺りを刺激したらいいのかはたぶん変わらないだろうと判断する。
焦らずにじっくりと根元からしゃぶりあげる。先は先で舌で突ついて、茎は手も使って。
時々ちらりとカヲル君を見て必至に目を閉じて堪えている表情にほくそえむ。
しばらくはゆっくりと愛撫を続けて、それからおもむろにペースをあげた。カヲル君の堪えようとする声も大きくなってほとんど喘ぎになって。
大きく痙攣して体に力が入る。小さく震えて。
僕はそれを、しばらく味わってから、飲み込んだ。
口を拭いながら、息の荒いカヲル君を見下ろす。
掠めるほど一瞬だけ、逆でもいいかなと思ったけど、急いでキッチンにオイルを取りに行く。自分のズボンを下ろして指で慣らす。こんなことが手早く出来てしまう自分をちょっとだけ嫌悪して。でも入れてみたいと思ったのも事実だった。
「何を・・・・・・」
カヲル君を床に寝かせてもう一度咥える。触れる前から固さはあったそれはすぐに勢いを取り戻す。
そういえば騎上位は下手だって言われたことがあったっけ。
そんなことを思いながらカヲル君に跨って位置を合わせると少しずつ少しずつ体を沈めた。
自分から痛みに向かうのは少し難しい。それでもゆっくり足の力を抜いて入ってくるそれを受け入れようとする。
この時ばかりは僕も目を開けていられなくて、カヲル君がどんな顔をしているのかはわからなかった。何か言っていたようにも思うけど聞き取れない。
少し時間をかけてなんとかほとんどを受け入れる。
「はぁ」
息を吐いて目を開けてカヲル君をみたら、信じられない物を見ているような顔で僕を見ていた。
その目を片手で塞いで、屈んでもう一度キスをする。あんな顔で僕を見ていたくせに口は閉じられなかった。
「ん。
は・・・・・・ぁ・・・」
動けば声が出る。あまり早くは動かせなくて揺らすように体を使う。体を支えるのに両手が必要で、カヲル君の目から手を離す。そしたらカヲル君は自分の腕で顔を隠す。
こんな時の顔なんてきっと見られたもんじゃないと思っていたけど、カヲル君は綺麗でいいなぁと素直に思う。
綺麗で綺麗で羨ましい。
シャツは着たままだったけど、胸も触って欲しいなと思って、顔を隠している手を見る。でも女の子じゃないし、普通こんなまっ平らな胸は触っても嬉しくないはずだ。女の人みたいに胸があったら良かったのにって思っていた頃もあったけど。
くだらないことを考える。考えることができた。
動き自体はゆっくりだったけど、締め付け具合は強弱を付けてみた。
「シ、ンジく、あ、も」
堪えるだけだったカヲル君が手を伸ばして僕をどかそうとする。碌に力も入ってなかったけど。そのまま閉めつけて奥まで入れて。
「う、ん!」
手の下の腹筋に力が入ったのがわかった。
「はぁ」
力が抜けるのを待って、ゆっくりと離れる。
ちょっと早かったかなーなんて思いながらカヲル君にキスをした。
「大丈夫? カヲル君」
声をかけても返事もしない。できないのかな?
これでカヲル君とはお終いだ。
カチャリと音がしたのがわかった。でもカヲル君は気付いてない。僕はもう一度カヲル君にキスをする。深く深く。
先に見たのはカヲル君だった。目が見開かれて僕を突き飛ばす。
僕はゆっくりと振り返って、カヲル君の視線の先を見た。
父さんが立っていた。
ああ間に合った、と思った。
無言のままほんの数秒が過ぎ、父さんは眉一つ動かさないでそのまま自分の部屋へ行ってしまった。
やっぱりな、と思ったけど、予想していた通りだったんだけど、それでもなんだかわけのわからない、暴れたいような泣きたいような、笑いたいようなぐるぐるしたものが僕の中で渦巻いた。
バカだってわかってたはずだろう?
このままだと泣くかもしれないと思って、僕は口を開く。
「カヲル君、悪いけど、もう、帰ってくれるかな」
僕はカヲル君を見なかった。
カヲル君が立ち上がて服を着ているのがわかる。そしてしばらく動きを止める。それから小さく「さよなら」と言うとドアを開けて出ていった。
静かな空白。
なんかもう何もかもどうでもよかった。
僕は何も考えずに、ただそこにいた。
僕はずっと放心したままでどのくらい時間がたったのかはわからなかった。目は開けているけど見てはいない。起きているけれど頭はからっぽだった。
「いつまでそうしているつもりだ」
掛けられた声に顔を上げるとすぐ側に父さんが立っていた。全然気付かなかった。
父さんは無表情でただ僕を見下ろしていた。でもその顔に僕はびくびくする。怖かった。小さく震えて父さんの顔が見られない。視線を落としてしまうともう顔は上げられなかった。
父さんがしゃがんだ気配がして、頬に触れられる。僕はまるで叩かれるのを我慢するように体を縮こめる。
「何をそんなに脅えている? 別に私は怒るつもりはない」
口調からは感情は読み取れない。でも、こんな風に父さんが僕に話し掛けてくること事体が今までなかったことで、僕はますます怖くなる。
無視すればいいのに、どうして。
「お前が誰と寝ようと興味はないが、あれではあの子が可哀相だろう? 友達をダシにするものではないな」
びくっと反応する。そして体の力が抜ける。臥せるように肘を付く。
「お前の考えていることぐらい、わらないわけがないだろう?」
そう言って僕の顎を捉えると無理矢理上を向かせて唇を合わせてくる。貪るように。
こんなキスでも気持良いって思って、涙が出てきて、もうだめだとわかる。
口が離れる。顔も胸も足の先までもが熱い。
「お前が本当に欲しいのは私だろう?」
何の感情も込められていない言葉に僕は頷く。
「どうして欲しい?」
その言葉に。
いろんな事が頭をよぎった。でも僕は手を伸ばす。縋るように父さんの腕にしがみ付いて、袖を握り締めて。
「・・・・・・して」
小さな声。でも聞こえている。
「では脱げ」
返事はやっぱり感情が見えなかった。
言われてもすぐには動けなかった。でも脱ぐのなんてもうシャツだけだ。もたもたとボタンを外して肩から落とす間に父さんはソファに腰を下ろしていた。裸になった僕を呼んで膝の間に跪かせる。僕はベルトを外しズボンを開けると下着をかき分けそれを咥える。
カヲル君にした時は、すごく余裕があって色々考えられたし、カヲル君の様子を観察することもできた。でも父さんの反応を見るなんてことはできなかった。
そのうちに僕は没頭し始める。色々思っていたことも消し飛んで、口の中のそれを自分が楽もうとしていた。舌を這わせ頬で撫で上げ時折吸い上げて貪る。口ですることに感じたことなんてなかったのに、僕は夢中でしゃぶりついていた。
それがぐっと固くなって僕を押さえつけていた父さんの手に力が入る。かなり深く咥え込んでいる時だったから、僕はうまく飲み込めずに喉に掛かって咳き込む。
「ちゃんときれいにするんだ」
激しい咳で涙目になりながらももう一度しゃぶりつく。勃たせるために。熱に浮かされて白く溶けた頭で、執拗に舐めあげていく。
再びそれが固くなると、父さんは僕を引き上げて汚れた口腔に舌で入ってくる。
僕はそのまま自分であてがい、腰を落とした。
「ん、」
鼻に掛かった息が漏れる。口からは息が吸えなくて苦しい。深く受け入れても呼吸は許されなくて。息を整えることもできないまま父さんが動く。
「ん、あぁっ!」
顎が上がる。声が出る。
「ふ、ん
あ、あ、あっ、、、、んン!」
激しく突き上げられて僕はもう体を支えていられない。揺らされるままガクガクと首が振れる。舌が首筋や胸を這う。
父親とこんなことをしているなんて。それが平気なだけじゃなくて、嬉しいなんて、おかしいんだとわかってる。
僕を望まれてるわけじゃなし、僕を見てくれてるわけじゃなし、ただ手近なだけだということもわかっているから、尚更。
せめて思いだけでもあれば、好きだと言って貰えれば、こんなの人に知られなければいいだけだと割り切れる。
今までは隠してきた。嫌々なんだと態度にしていた。
でももう。
口付けられれば体の奥から震えが来る。
それでも思いは返らない。
僕は、母さんじゃないから。
「アアァッ!!」
死んだように眠っている時だけ優しくその唇にくちづける。
魚が息を吸うように。